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沈黙の世界(1)──マックス・ピカートの『沈黙の世界』

マックス・ピカート著『沈黙の世界』(原著 1948)は、この世界の根源に「沈黙」があると考える哲学書です。

ラジオの登場や都市に騒音があふれるなか、ピカートは慎重に、かつ詩的に「沈黙」とはなにかを解き明かします。

まず、もし沈黙が根源的なものだとすれば、それを言葉で言い表せるのでしょうか。

しかし、沈黙を一つの存在なきもの、一つの空無として解するときにのみ、それは不思議に思われるにすぎない。
だが、沈黙は一つの存在せるもの、一つの生きてはたらいている現実なのであって、

沈黙は、空っぽではなく、満ちている現実のなにかなのです。

そして、言葉はあらゆる現実について語る能力をそなえているのである。

言葉と沈黙は、お互いに補い合う存在であり、実在する沈黙について、言葉は語る能力を備えています。

ピカートはむしろ、言葉の重みを取り戻すために、沈黙の意味を理解する必要があると述べています。

沈黙とは単に「語らざること」ではない。沈黙は一つの積極的なもの、一つの充実した世界として独立自存しているものなのである。
沈黙には始めもなければ、また終わりもない。
沈黙は、いわば創造に先立って在った永劫不変の存在のようなのだ。

ここに沈黙の根源性が語られています。
また、人間や時間との関係について。

人間が沈黙を見つめるよりも、沈黙が人間を見守っているのだ。
人間が沈黙を吟味することはない。だが、沈黙は人間を吟味するのである。
たとえて言えば、時間という種子が沈黙のなかへ播(ま)かれるかのようであり、
沈黙は、いわば、時間がそこにおいて成熟し、充(み)つるところの土壌なのだ。

それは私たち一人ひとりが、身にまとう衣のようでもあります。

われわれはそれを、
身にまとっている一つの織物のように直接に感ずるのである。

沈黙を湛えた姿というものを想像できるでしょう。


『沈黙の世界』マックス・ピカート、佐野利勝訳、みすず書房、1964





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