見出し画像

ミヒャエル・エンデ『モモ』(7)カメの逃走と、ベッポとジジの不安

ジジが空想した計画は、こうして失敗します。

その頃、ベッポは仕事を終えた道路で、なんと灰色の男たちの裁判を目撃していました。ベッポは息を殺します。

さきほど、モモの前で失態をさらした灰色の紳士が裁判で有罪になり、消されました。

罪人は葉巻をうばわれたとたんに、みるみる透明になって影がうすくなっていったのです。さけび声もどんどんかぼそくなってゆきます。両手で顔をおおって立ったまま、文字どおり消えてなくなっていきました。

最後にはひとつまみの灰が、風に舞いました。

同じ頃、モモはなにかを待っていました。待つ気がしたのです。そこへ、大きなカメがやってきました。

モモはふかくからだをかがめて、指でカメのあごの下をなでてやりながら、そっと話しかけました。
「まあ、おまえはいったいだれ?」
カメの甲らにほんのり光る文字が見えました。
「ツイテオイデ!」

モモはカメについて、ゆっくりと円形劇場を離れました。そうして、大都会を抜けていきます。車も人もあふれている真夜中でしたが、どうしてなのか、カメはすべてにぶつからず、自然とよけて歩くのでした。

モモは、こんなにゆっくりと歩いているのにどうしてこんなに早くすすめるのか、ふしぎになってきました。

さて、モモが家を離れたことを知らないベッポは、モモの住む家に着くと、荒らされているのに驚きました。灰色の男たちの手が回ったのです。

ベッポはすぐジジのところへ行きました。

「ああ、わしにはどうしたらいいかわからない。」ベッポはうめきました。
「だいじょうぶだよ。」ジジはこたえて、

ベッポのいためた足にしっぷを貼りました。

「すぐよくなるよ。」ジジはやさしく言いました。「なにもかも、すぐまたよくなるよ。」
そしてこれまで気らくに生きてきたジジははじめて、不安に胸をしめつけられました。

ジジにとって、これまですべてはお芝居でしたから、楽しく演じればよかったのです。しかし、これは現実でした。どうしていいか、わかりません。

モモ用

すでに、灰色の男たちは大都会をすみずみまで埋め尽くし、モモを追っていました。自分たちの計画を邪魔させないためです。

しかし、カメとモモはけっして見つからず、つかまりもせず、「さかさまこ小路(こうじ)」を抜けて、「どこにもない家」にたどりつきました。

「ツキマシタ」と、カメの甲らに文字が浮かびました。

そこはマイスター・ホラ(時間を司る者)の住む家でした。


『モモ』ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳、岩波少年文庫、2005



詩の図書館の運営に当てます。応援いただけると幸いです。すぐれた本、心に届く言葉を探します。