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沈黙の世界(4)言葉の誕生

マックス・ピカートの『沈黙の世界』より、沈黙から「言葉」が生まれ出るところの考察を引用します。

言葉は沈黙から、沈黙の充溢から生じた。
言葉に先立つ沈黙は、精神がそこで創造的にはたらいていることの徴証(しるし)なのだ、……つまり、精神は産出力を孕んだ沈黙から言葉をとり出してくる

人間の精神は、沈黙のなかに手を伸ばします。そして、産出の力に満ちた沈黙から、あふれ出る宝物をひとつ取るように、言葉を取ります。

あらゆる言葉のなかには、言葉が何処から生じたかを示すしるしとして、沈黙せるなにものかがある。
天地創造の最初には神自身が人間に話しかけた、と語りつたえられている。
言葉の発生の源は──あらゆる被造物の根源と同じく──究めがたい。それというのも、その源は造物主の完全な愛から生じているために他ならない。

これは「沈黙についての神話」と言ってよいような語りです。
すべての言葉は、それが言い表すものだけを成分としているのではなく、言い表せない沈黙を含んでいます。

続いて、いわば「沈黙についての詩」がはじまります。

幾千となき名づけ得ざる形像のなかに、沈黙はその姿をあらわす。──たとえば、音もなく歩みよる朝のなかに、
蒼空を指さす樹木の声なきたたずまいのなかに、まるで忍び足で降りてくる夜のなかに、黙々たる四季の交替のさなかに、そしてあたかも沈黙の雨となって夜のなかへと降りそそぐ月の光のなかに、……しかし、なによりも人間の心の底に宿っている沈黙のなかに。
沈黙のこれらの形像は、名づけられてはいない。
それだけ一層、この名もなきもののなかからその対立物として生じてくる言葉は、明瞭で、確実なものとなるのである。

沈黙が大洋よりも広く深いだけに、そこから生まれる言葉の雫もまた明らかな光を帯びて輝くのでしょう。

沈黙という自然の世界よりも大いなる自然世界はない。


『沈黙の世界』マックス・ピカート、佐野利勝訳、みすず書房、1964


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