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2021.3.29. 終わりなきさすらいの詩情『マルテの手記』(2)
架空のマルテが記した日記として、構成される詩のようなエッセイ。(1)はこちらです。
夜ごとに僕がお祈りした言葉は、ぼくのつたない筆つきでここに書き記されている。僕は聖書の章のなかから、それをみつけて書き抜いた。
詩を成せないマルテは、また群衆に病める者をみつけ、自分の病気を抱えたまま、彷徨います。
パンテオンの聖女の絵をみて、急に手紙が書きたくなった。その絵は孤独な聖女の姿と
静かな光の輪を落としているラムプと、遠い眠れる町と、月光に霞むはるかな地平が描いてあった。
僕はパリに来ている。
ああ、海がみたい。
叫ぶ者、拷問部屋、狂う者。ベートーヴェンの注いだ力。ボードレールの詩行。これらに思いを致し、マルテは母の追憶に帰ります。
マルテ、わたしたちはみんなうかうか暮らしているのね。世間の人々は何やかやに気を散らし、
ふだんの生活などにはちっとも気を配っていないわ。だからまるで流星かなにかが飛んだほどにも
このごろは、だれも心に願いを持たなくなってしまいました。
ママンはマルテに語りかけます。
おまえは心に願いをもつことを忘れてはなりません。
けれども本当の願い事は、いつまでも、一生涯、持っていなければならぬものなのよ。かなえられるかどうかなぞ、忘れてしまうくらい、
そう、母は死ぬ前に語ったのでした。
この静謐のなかでやがて音楽がはじまるのは当然のことかもしれない。もう堰ききれぬまで何かにじっと耐えてきたのだから。
パイプオルガンを聴きながら、マルテは母のそばについていた、老女を思うのでした。
アベローネ、ぼくはおまえと今いっしょに立っているような気持ちがする。アベローネ、おまえはこの気持がわかってくれるだろうか。ぜひこれがわかってくれなければならぬと思う。
その時、マルテが眺めていたのは、貴婦人と一角獣のゴブラン織りでした。
『マルテの手記』リルケ 新潮文庫
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