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幸せを呼ぶ鳩の糞

憧れの旅行業界に就職が決まった。配属されたのは会社の中で最も過酷と言われる手配課。1時間に何百本もの予約電話がなり、航空会社や現地に手配を行う、会社の中枢ともいえる部署。

業界用語がとびかう。意味を考えている暇はない。空席状況は刻一刻と変わるから、もたもたしていられない。先輩たちはきつい人ばかり。常にランニングしているみたいに体力気力が消耗していく。

中でも一人、社内きっての切れ者で皆から恐れられている女性社員がいる。顔つきも言い方もきつい。ちょっとでもミスしたり、ペースを乱したりすれば、上司だろうが相手かまわず怒鳴りまくる。今日は誰に雷が落ちることかびくびくし通し。

ある朝、駅から会社へ向かって歩いていると、前方に例の怖い先輩が見えた。追いつかないようにゆっくり歩く。離れていても大きく見える先輩の背中をおびえながら見つめる。
「仁王像のようだな」と思った瞬間、上空から先輩の後頭部になにか白い塊が一直線に落ちてきた。直撃したとたん、白い塊は首の方へゆっくりねっとりと広がった。

「鳩の糞だ!」
驚きのあと笑いがこみあげた。
狙い撃ちとしか思えない、なんというタイミングのよさ。気づかずに歩いていく先輩の大きな背中を笑いながら見つめた。いつも人にきつくあたっているからこういうことになるんだろうな。

しばらくしたある日、全体朝礼で電撃発表があった。例の怖い先輩が結婚してハワイに移住するために退職すると。なんでも、商店街の福引で運よくハワイ旅行が当たり、ハワイで偶然知り合った旅行会社社長と同業ということで意気投合し、結婚に至ったと。

あの時の鳩の糞は天罰ではなかった。鳥は幸運を運ぶ生き物、糞は金運や富を表す、つまり、思いもよらない幸運が近くまで来ていますよのサインだとあとからわかった。

あの時、もっと早く歩いていれば、”幸運の糞”は私に落とされていたかもしれない。幸か不幸かはあとにならないとわからないものだ。

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