見出し画像

赤パプリカのオイル漬け #夜更けのおつまみ

その家を訪れたのは秋から冬へと向かうころだった。

州の中で一番寒いと聞いてはいたけれど、着いてみたら確かに寒い。前日までは別の農家で、半袖に汗だくで草むしりをしていたのが嘘のようだ。あわてて冬物のダウンを着込む。

わたしはそのとき、オーストラリアで田舎の家庭を転々としていた。家の仕事を手伝うことで食事と宿泊場所を得られるしくみを使い、長い旅をしていたのだ。

新しい家では、すでに韓国と台湾の子がひとりずつ、同じようなヘルパーとして滞在していた。台湾女子はわたしと入れ替わりで翌日には発つという。

翌朝、3人で朝食を囲む。慣れた手つきで朝食を準備する2人に習い、バゲットに常備菜やトマト、チーズなんかを載せてみる。その常備菜の中にあったのが、赤パプリカのオイル漬けだ。最初は何かもよくわからず、トレーの中でテロンとした見慣れない食材を訝しげに眺めた。すると横から台湾女子が「それおいしいよ」と言うので、ならば、とそっとバゲットに載せたのだ。

しかしそれが……予想をはるかに超える味わいであった。

これは本当にパプリカか。

とろりとやわらかく濃厚な果肉に、ガーリックやパセリの風味が効いたオリーブオイルがからみつく。まるで上質な肉を食べているかのような満足感。ぽたりと皿に落ちたオイルがまた見事にうまい。一滴残らずバゲットでさらって、惜しむようにじゅわと噛みしめる。

すっかり味をしめたわたしは、この家へ滞在したひと月ほど、パプリカのオイル漬けにやみつきになった。

ところでこの家はホストマザーがドイツ人で、週末だけ小さなジャーマン・レストランを開いていた。私たちの仕事も、そこで出す付け合わせなどの準備が主なもの。先のパプリカもそのひとつだ。

だから巨大な業務用冷蔵庫の中にはいつだってストックがあり、あなたたちも好きなだけ食べていいよと言われていた。もちろん、ストックが少なくなれば自分たちで仕込む。家の近くには広いパプリカ畑があったので、食在庫にはその時期、いつも山盛りのパプリカがあった。

ある日、ドラム缶ほどのバケツいっぱいに入ったパプリカを、韓国女子のリンダと一緒にオイル漬けにすることになった。

二人で腕まくりをして、大量のパプリカを切る。均等に焼けるよう、なるべく平たくカットするのがコツだ。それを、天板にクッキングシートを敷いて皮を上にして並べ、オーブンで皮が真っ黒に焦げるまで焼く。皮が真っ黒になったら、ボウルに移して粗熱をとる間に、次のパプリカを焼き始める。反復作業。

粗熱のとれたパプリカは、皮をむく。焦げた皮は薄い紙のようにパリパリとしていて、手ですうーっ、とむける。すると中から、半透明で見るからに甘そうな果肉が現れるのだ。テロンとしたそれを大きなトレーに並べてゆく。一面に並べたら、みじん切りにしたガーリック、庭から摘みたてのパセリ、塩と鷹の爪少々を散らして、オリーブオイルをたっぷりと注ぐ。ドボドボ。そしてまた次のパプリカをむき、重ねて並べてゆく。

その繰り返しで、ミルフィーユ状に積み重なったパプリカのオイル漬けができる。これを冷蔵庫で寝かせて、2、3日経つと食べごろに。作るのはずいぶんと手間がかかるが、保存がきくので長く楽しめる。

時折パプリカの切れ端を口に放り込み、「大量すぎる」と笑い合いながら、わたしたちは真っ黒な手をふきふき、パプリカを仕込みつづけた。

そしてこのパプリカ、仕事を終えた夜にリンダと語らう、ワインのお供としても最高だった。

冷え込んだ日には暖炉に薪をくべ、ちらちらと炎がゆらめく前に二人で座り、いくらでも話した。自家製バゲットに、パプリカとオイルの濃厚なうまみがからみついて止まらない。香るガーリックがまた後を引く。オイリーになった口を、辛口の白ワインがすっきりとさらってゆく。そしてまたパプリカ載せバゲットに手が伸びる。エンドレス!

ああ太る太る、と笑い合いながら、わたしたちは本当によく食べ、よく話をした。

あれから、もう7年以上が経つ。

ふと思い出し、どうしても食べたくなって狭いキッチンで作った。真っ黒な皮をパリパリむいていると、隣で笑い合って作業したリンダのことを思い出す。

いま彼女は韓国で、わたしは九州で暮らす。距離的には近いはずだけれど、あの日々はもうずいぶんと遠い。

いつかもう一度、乾杯ができるだろうか。そのときにはきっと、このパプリカを仕込みたい。


(おわり)

-----

▼ 以下、おまけというか、作り方の実録です

↓オーブンがめんどうくさかったので、自宅では代わりに魚焼きグリルで。ちなみに皮はこのくらい真っ黒になるまで焼きます。10分くらい?

画像4

↓手でするっとむけるよ。半分むいたところ。色がきれーで感動する。

画像3

↓ 当時は給食のトレーみたいな巨大バットに大量生産だったけれど、今回は自宅用なので小さなホーロー容器に。これでパプリカ6つ分。日本のパプリカは輸入が多いから、日本で作るとなかなか高級料理だなあ……。やっぱパプリカ畑のそばじゃないとね。

画像2

↓これのためにパン屋でバゲット買ってきたわ。トロみたいな存在感。

画像5

おしまい! 最後まで見てくださってありがとうございました。

ちょっと、おなかすいたね。こんな夜更けに。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。