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コンビニおにぎりを食む紳士

駅のゴミ箱の前で、コンビニおにぎりを立ち食いしている紳士がいた。

通りすぎざま、ホームの片隅でふとその姿(まさにいまかぶりつかんとす)が目にはいり「おお」と思う。

おお、なんだか賢そうな紳士がこんなところで、勢いよくコンビニおにぎりを食んでいるぞ。

紳士というからには、身なりはパリッとしているのだ。年齢はそうだなあ、30〜40代といったところか。

一瞬のうちに通りすぎてしまったから定かではないけれど、しゃきっとした(よれてない)紺地のポロシャツに、カチッとした(よれてない)ベージュのハーフパンツという、アクティブな休日スタイルだったような気がする。

ちょっと日焼けしていたから、スポーツが趣味なのかもしれない。でもただのスポーツマンというより、あの眼力と風格はなんというか、ほら、あれだ。IT企業の社長さんとかにいそうな感じ。

あとはなんだ。一瞬でコンビニおにぎりと判別できたのは、おにぎりが不自然にきれいな三角形で、海苔が後巻きタイプのパリパリ系だったからだ。あの海苔の浮きぐあいは、遠目からでもおそらくまちがいない。

おぼろげな残像を、忘れないうちに脳内でリピート再生する。

そうして改札への道を歩きながら、わたしは反射的に、勝手な謎解きをはじめてしまう。

”さて、かの紳士はいかにして、いまこの時分、駅のゴミ箱のかたわらで、立ったままコンビニおにぎりにかぶりつくにいたったのか?”。

ホームから改札をくぐるまで、数十秒間の妄想トリップ。

もちろんそんな妄想をふくらませつつあることはおくびにも出さず、わたしは喧騒のなかを歩きつづけながら、さりげなくスマホで時刻を確認する。

9時52分。土曜の朝。

ふん、なるほど。

まず(わたしの妄想の中で)、彼は小さなIT企業の社長である。

最初は仲間と3人ではじめた会社も、4期目に入り、爆発的ではないが社員もじわじわと増えてきた。そうだな、15、6人くらい。

仲間うちでやっていたころは自分もまだ若く、休日返上で仕事にのめりこんでいた。それが楽しかったからだ。

しかし社員が増えて組織が大きくなってくると、それまで暗黙で共有されていたマインドを浸透させるむずかしさを感じはじめる。また、メンバーのライフステージも多様化してきた。自分は妻とふたり暮らしだが、子どもが生まれたものもいるし、親の介護が必要になったものもいる。

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どうでもいいことをすごくしんけんに書いています。

<※2020年7月末で廃刊予定です。月末までは更新継続中!>熱くも冷たくもない常温の日常エッセイを書いています。気持ちが疲れているときにも…

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