留年で救える命は減るのか


質問ありがとうございます!
よく聞かれるのでお答えしておきますね〜

まず前提として、医師としての働き方には非常に様々な選択肢があることをご存知でしょうか?
一つの科に進み、専門医になり、さらに専門の病気を持ち、最先端の治療を施すことが出来るようになるのも医師ですし、医系技官として公務員として働くのも医師ですし、開業して町医者やるのも医師ですし、WHOに勤めて公衆衛生に取り組むのも医師ですし、途上国へ行って医療支援活動以外のこともやってしまうのも医師です。

ただ、これらの選択肢をどういう理由と背景で選び、実際になれるかは、それまでに培った経験に依るものです。
なので、「なぜ医師になるのか」「医師になって何をするのか」が非常に大切になってくるわけですね。もちろん「目の前の命を救う」ことが悪いことだとは思いませんが、普通に専門医として働いて1年で救える命の数と、WHOや途上国で働いて1年で救える命の数は、場合によっては雲泥の差になりかねません。そうであれば、1年足踏みしてでも、自分の進むべき道へ辿り着く方が確実に救える命は多いと思っています。現に、留年することで母子保健に関わる国際会議に参加することが出来、各国の保健省の方々から現場のことを学ぶことが出来ましたし、実際にカンボジアの医療ボランティアの実情を見たり話を伺ったりすることもできました。その機会によって切り開かれる自分のキャリアは留年しなければ得られなかったものばかりです。また、医学部には一度社会人になってから入り直す人も珍しくありません。そういう人たちは30歳、40歳になってから医師になります。そういう人たちに対して「なんで最初から医学部に入らなかったの?」と聞きますか?
もちろん留年することが正しいとも思ってはいません。1日でも早く医師になるべきなのは重々承知です。
でも、自分の合目的的なこれまでの大学生活に対して後悔はありません。むしろ全てが自分の将来の目標に確実に近付いてる自信があります。あまりSTUDY FOR TWOの方には話していませんが、国際保健の現場とのコネクションや経験、知識も自分なりに身につけてきています。その上で課外活動によって実際に現場を見るということを同時にしていかなきゃという気持ちです。何故なら、医師になってからでは安い給料で永遠に働かされるのは目に見えているからです。この学生生活の中で自分に敷かれたレールを敷き直すにはそれくらい逸脱したことが必要なんじゃないかなって、勉強をサボったことの言い訳にしてます。本当にごめんなさい。質問者さんの言う通りです。

でも、なんでも結果論なんですよね。

進級しようが留年しようが。その同じ1年間をどう過ごしたかで未来は大きく変わるわけで、進級して遊んで過ごす人もいれば留年して将来の選択肢の幅を広げる人もいるわけです。遊んでたから救える命が減るとも限りませんし、頑張ったから救える命が増えるとも限りません。過去の自分の人生が正しかったのか間違ってたのかは、未来の自分の行動次第というわけです。昔東大出てものすごいエリートコースだった人が小さな性犯罪で人生を大きく棒に振った人がいました。留年してしまった僕からすると、その人の努力は僕のこれまでの何倍にも及ぶもので血の滲むようなものだと思います。でもそういう積み重ねたものって一瞬で崩れる脆弱性を持っているのがこの社会なんです。だとすればやるべきことは一つ。事実を受け入れて一歩でも前に進むことです。留年は学年的には足踏みですが、人生では貴重な1年ですから。もう僕は進級してしまったのでその過ごし方についてあれこれ言うことも出来ませんが、これからも自分の「正しい」と思った道に突き進めるよう、レールを敷き直していくだけです。


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