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感謝じゃないのかな

内線電話を切ると、話を聞いていた同室のF子がぼそっと言った。

「結局はさぁ、小学生のときの
『今日、〇〇ちゃんちで遊んで来た』とか
『〇〇ちゃんのママに、お菓子もらった』って、
家で話すかどうか、なんだよね」と。

ほんと、それだなと思った。

大事なことは、まず自分で上司に言わなくちゃ。

会議の席上で、初めて教授が知るなんて、想像するだけでマズい。
体面がどうこう抜きにしても、手順としてマズい。

大切なことは手間を省かず、自分で上司のところへ言って、相談するなり報告するなりすべきと思うんだけど。

指導する立場にない私が、まず〇〇先生にひとこと伝えておいてねと、毎回言わないと忘れるのか。

そこはやはり目上の人へのリスペクトや配慮があってほしい。

報告も相談もない、約束は守らない、そんなことばかり続いたら、いくら心の広い人でも、もう一緒に仕事をするのは嫌だと離れていってしまう。

〇〇ちゃんちでもらったお菓子は、「いつもうちの子がお邪魔しています。こないだは美味しいお菓子をいただいたと喜んで帰ってきました」と、お母さんがお礼を伝えて、ひとまわりする。

そこに感謝の輪ができる。

感謝って、「感謝しなさいよ」と言われて身につくものだろうか。
感謝されたら嬉しくて、今度は自分から、とならないかな。

テイカーであり続ける限り、感謝の思いは生まれてこない。

そういうことって親に教えられたのかな、気づいたら言ってたよねとF子が言った。

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