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カンレキエッセイなんやかんや

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今まで書いてきたエッセイをまとめています。 新聞の投稿欄に載ったもの、仲間と自費出版した本に書いたものなど。少し前のものなので、子育て後半の思いを書いたものが中心です。
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#エッセイ

そうだ、オールブラックスだ

ラグビーWカップが始まった。 昨夜の開幕戦がニュージーランド対フランスということで、寝ないで見るぞーと頑張っていたのに、ハカの声を聞いた後の記憶がない。 今回まさかの負けとなってしまったが、日本チームと同じくらいオールブラックスを応援したいと思っている。 そこで、15年ほど前に書いたエッセイを思い出し、発掘してきた。 自分でもこんなこと書いていたんだと驚き、恥ずかしく、懐かしい思いが少し。 エッセイ仲間と自費出版した本に載せた一つ、転載します(恥ずー!)。   《男は黙

山猫軒にて

 行きつけの美容院の向かいに「山猫軒」というカフェがある。ずっと気になっていたが、小さな窓からは中の様子を窺うことはできず、入るタイミングもなかった。  先日、美容院でカットをしてもらい、店を出ようと時計を見ると午後一時過ぎだった。お腹もちょうど空いている。思い切ってそのカフェに入ってみることにした。  ドアの横にはイーゼルがあり、置かれた黒板には「お一人様もお気軽にどうぞ」と書かれている。まさか……と一瞬立ち止まった。  あれは息子が小学校6年のときの、参観日だった。国

バースデイ・ガール

「どう思う?」と言う友人に勧められ、村上春樹の短編小説、「バースデイ・ガール」を読んだ。 主人公の女の子はその日、二十歳の誕生日だった。ボーイフレンドはいるが、彼とは最近修復不可能な喧嘩をしたばかりだ。おまけに熱を出した仲間に代わって、バイト先のレストランで仕事をすることになった。 さて、私は二十歳の誕生日を、どうやって過ごしていただろうか。多くの人は、正々堂々とお酒を飲んだとか、彼と食事をしたとか、記憶に残る一日なのだろうが、何も覚えていない。もうずいぶん昔のことで、忘

アイ・ミス・ユー

 自分の子育てが間違っていたのだろうか。大学生になっても娘は反抗期のままで、自由奔放な性格に手を焼いていた。  そんな娘が、去年の今頃「私、カナダに行く」と宣言した。ワーキングホリデーのビザを取り、休学届けを用意し、アルバイト代も貯めていた。「長年の夢」を止(と)めることはできなかった。  心配をしたらキリがないが、Webで見る写真や、短いメールで無事を確認する日々だ。仲間と肩を組んだ笑顔に、ほっと胸をなで下ろしている。  しかし、渡航前に思い描いていたようにいかないこと

ヒグラシの声

夫の運転する車で、母と娘、私の4人で墓参りに出かけた。 山間の墓苑にも真夏の太陽が容赦なく照りつけている。それぞれが手分けしたように手桶の水を注ぎ、花を手向け、ろうそくと線香に火を灯した。 「じいちゃん、水いっぱい飲んでね」と言う私に、「おじいちゃんビール飲めなかったの?」と娘が驚いている。父が他界して20年、当時3歳だった娘におじいちゃんの記憶はほとんどない。 墓前に手を合わせると、娘の就活や息子の進路のことなど、話したいことがたくさんあった。一言でいいから、父の言葉

ずっとKクリーニング店で

夫は着る物には無頓着だが、仕事用のスーツだけは大切にしている。「俺のはKクリーニングに出してくれ」と言う。近所の取り次ぎ店より少々値段が高いが、それぐらいなら夫の希望を叶えてあげようと、年に二回の衣替えはKクリーニング店と決めている。もう二〇年以上のお付き合いだ。 六十代のご主人は、いつも作務衣を着て窓際でアイロンをかけている。話し好きで、景気や年金の話から政治談義になることもある。それでも仕事の手はいつも休まず動き、一枚のワイシャツが仕上がる様子はまさに職人芸だ。 店先