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魔法の呪文「みんな持ってる」

日経新聞が劇作家の平田オリザさんにインタビューした記事(2月7日夕刊)を読んで、以前、子育て中の知人が話していたことを想い出した。

彼の息子(当時、小学校2年生)はその頃、サッカーとミニ四駆に夢中だということだった。
ミニ四駆とは、4WDのミニレーシングカーなんだそうである。これは、もちろん改造したりチューニングしたり、という事もあるのだが、本質的には高い金を出していいクルマを買えば、レースに勝つ確率はぐっと高くなるんだそうである。

「今、子供たちの間では、これを持っていないと仲間外れになってしまうからねえ」

『これを持っていないと』は子供の年齢によっても違い、また、時代によっても変遷してきた。

少し前のNHK-Eテレ「ウワサの保護者会」でも、中学生にスマホを持たせることに関して、親たちが悩んでいた。
その中でも、
「みんな持ってる」
「持ってないと仲間に入れない」

が重要なキーワードになっていた。

私の子供も、(例えば当時流行った「たまごっち」を買って欲しい時に)、
「だって、みんな、持ってるよ」
と言っていた。

「おう、そりゃ、面白れえじゃねえか。みんなが持っているものを持たずに、みんなが持ってない物を持ってるのが一番美しいんだ」
と言うのだが、もちろんうまくいかない。
こいつと話しても無駄だ、と母親と交渉を始める。

ある時期はゲームボーイだったりしたが、最初からあきらめているのか、もともとたいして欲しくもなかったのか、すぐに諦めた。ゲームよりもマンガに時間も金も遣う傾向にあったためだろう。

現代は、子供と言えども金を払って特定の商品を買って持っていないと仲間に入れないのである。ある時期、ナイキのシューズがよく盗まれたし、パパ活に踏み出すのも、この、
魔法の呪文《みんな持ってる》
と大なり小なり関わり合いがあるのだろう。

もちろん昔も貧富の差はあったし、仲間はずれはあった。でも、その二つは、必ずしもリンクしてはいなかった。
例えば小学校のクラスの草野球チームで下手糞はレギュラーになれなかったが、判断基準は純粋に技術的な巧拙であり、彼が高級なグラブを持っているかどうかなどとは別の問題だった。厚紙にマジックで書いた駒しか持っていなくとも、将棋の強い子供は尊敬されたのだ。

貧富の差はあった。みんなが持っていないレーダー作戦ゲームを持っていた金持ちの息子は、もちろん羨望の対象だった。しかし、彼は一人では遊べなかったので、僕らは彼の家に集まって遊んだ。むろん、オーナーに多少の特権はあった。気に入らない奴に少しばかりの意地悪はしたかもしれない。でも、その程度だ。
なにしろ、ほとんどが持っていなかったのだ。友だちの誰かが持っているレーダー作戦ゲームを自分でも買う事なんて有り得なかった。そんなのは「重複」であり、「無駄」でしかなかったのだ。
でも、いつかどの子も同じガジェットを買い、同じゲームソフトを必要とするようになった。

ひとつは、スマホゲームのように、「ひとり遊び」が多くなった、という現実的な問題の解として、だれもがガジェットを必要とするようになった、ということはある。

もうひとつ、大人社会の反映もあるかもしれない。
例えば、いわゆる「いいクルマ」を持っている事を誇りとし、(さりげなく、にしろ)自慢する人がいる(そもそも金さえ出せば誰でも買えるモノを持っている事を誇るメカニズムが不可解だが……)。
自動車会社はそのクルマを買う事によるステイタス・アップを強調する。若者向けの雑誌は、このブランドのこの「アイテム」が無きゃあ話にならないぜ、と煽る。そして、子供には、みんな持っているんだよーん、と呼びかける。

そうは言っても、
魔法の呪文《みんな持ってる》
にどう対処するのか? ── 戦うのは非常に難しい。

魔法の呪文《みんな持ってる》
は少子化対策で議論される「教育費高騰」にもいくらか関わっているだろう。
中学生になる長女が《みんな行ってる》学習塾に行きたい、と言い出したことがあった(1学期持たずに辞めたが)。
「呪文」対策は、政府として取り組むべき重要課題かもしれない。でも、この呪文《みんな持ってる》が経済を回している部分もあるわけだ。

さて、冒頭に書いた平田オリザさんのインタビュー記事の中で彼の父上についての話を以下に引用する。

「売れないシナリオライターでした。家計は公務員で、大学の心理カウンセラーだった母親の給料が中心でした」
***<中略>***
「父との関係は特殊でした。5歳の頃から文章を書かせられました。例えばゲームが欲しい時には企画書を出さないといけないなぜ欲しいのか。手に入れたらどうするのか。その時に父がこだわったのは『人と違っていなければいけない』ということです。『違ってもいい』ではなく『違わないとダメ』。だから『友達が持っているから』では絶対に通りません

日本経済新聞2023年2月7日夕刊「くらしナビ」面より
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230207&ng=DGKKZO68246670X00C23A2KNTP00

なるほど……。
「企画書」×「人と違う」:素晴らしい!
来世ではこの手で行こう!

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