悪女とカワニナ事件における検索リテラシー
23時48分、私は焦ってスマホに指を走らせていた。
検索ワードは「指輪 排水口」
でも、間違って排水口に落としたのは、指輪ではない。
タニシだ。
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検索ワード:「タニシ 種類」
話はさかのぼること事件の7日前。
子供たちを河原につれていったときのこと。
たくさんのタニシらしきものをみつけ、10匹ほど持ち帰ったのだ。でも、これ本当にタニシなのかな?
検索して画像を見比べるとタニシの仲間の「カワニナ」という種類のようだった。
「なんとも愛らしい名前。ニナちゃん!」などと能天気にツイートしていた私は、そのあと起こる悲劇を想像もしなかった。
検索ワード:「カワニナ 飼い方」
調べてみると、どうやら野菜やメダカのえさを食べるらしく飼育できるらしい。
ひとまずニナちゃんたちの飼育を始めてみた。学校や保育園がお休み中の子供たちの学びにもなるかもしれない。
基本的にニナちゃんたちは水の中にいる。ただ、水の交換をした後、数匹が水槽をつたって、上にのぼってくることがあった。
検索ワード「カワニナ 水道水」
「水道水など水の環境がよくないと、水から這い出ようと水槽をのぼってくることがある」とあった。
そうかそうか、ごめんよ、ニナちゃん。
それから、水道水ではなくペットボトルの天然水で対応することにした。自然環境に近い「雨水はどうか?」という長男の意見もとりいれた。たしかに、元いた環境に近いほうがいいだろう。
5日経ったとこで、面白いことが起きた。
フンではない、何か小さな点がいくつかある。
ここまでの観察でフンは細長いということがわかっていたので、目を凝らして見てみる、なんと・・・
ベビーニナちゃん!
しかも、8匹くらいいる・・・!
これは、すごい繁殖力だな。
このまま繁殖してしまうと、ちょっときついかな?と一抹の不安を感じた。
「返しにいこうかな?」と思ったが、もう少しだけ成長を見守りたいという気持ちで見守ることにした。
検索ワード:「紫陽花の葉 」
そして事件の日の15時。
わたしは近所のスーパーでひとりで買い物をして帰る途中に紫陽花の葉を見つけた。
「そういえば、カワニナを採集した場所にもたくさん紫陽花が生えていたな。好きかもしれない!」そう考えて、持ち帰った。
そして、カワニナの水槽に1枚アジサイの葉をいれたのだ。
生まれ育った環境に近いほうがいい。
そんな優しさからだった。
23時30分、子どもと一緒に寝落ちしていた私は目を覚ました。
ふと暗闇の中で目にはいった、カワニナの水槽は見たことのない景色になっていた。
「え?」
10匹全員が水槽の壁をのぼりはじめていた。まるで何かから逃がれるように。
ピンときた。
「紫陽花の葉」
慌ててGoogle 検索にそう入れただけで、サジェスチョンにでたワードは「毒」
「紫陽花の葉 毒」どく、ドク、え、毒?
血の気がひいた。やっちまった。
なんと毒を盛ってしまったのだ!
すぐに助けなきゃ!
焦りながら、慌てて洗面所に向かった。いち早く葉っぱを取り出して水を変えてあげなければ。
ぱかっとあけた。
そこからは見事なスローモーションだった。
・
・
・
まもなくコツンという音がした。
「あ」
目をやると、排水口の入り口に、1匹のニナちゃんがいた。
(10匹全体でになちゃんだったので、便宜上【ニナちゃん1号】としよう)
よじ登って水槽の蓋の近くまできていたせいで、開けた勢いでとびでてしまったのだ。
ただ、間一髪。
排水口のつっかえがあったので、【ニナちゃん1号】は落下せずにすんでいたのである。こんなベンツのマークみたいなつっかえで命拾いしていた。
サンキュー、メルセデス。(いや、ただの排水口のつっかえである)
いつも水交換するときは、排水溝への落下のリスクをなくすため、かならず栓をしていたのに、毒を盛った罪悪感から焦りまくっていた私は栓をするのを忘れていたのだ。
メルセデスのおかげで安心したのは束の間。
【ニナちゃん1号】はまだ危機に直面している。一歩間違えると落下する恐れがあった。冷静さを失った私は、夫をたたき起こしに行った。
「ちょっと起きて!大変なことになった」
夫は「は??」と状況にドン引きしていた。
だが、やけに冷静で、割り箸と使い捨てスプーンを持ってきた。
箸だとリスキーだから、スプーンを使えと忠告された。でももってきたスプーンは溝より大きく入らなかった。そして、私は箸で救出を試みた。
そして、落ちた。
奈落に。
暗闇の中に。
毒を盛り、奈落につきおとす。
どれだけの悪女なのだろう。
でも違う。悪意はないのに。事態を好転させようともがくたびに、悪化しているだけだ。
人生にはそういうことが結構あるものだ。
「ごめんなさい」という気持ちの3秒後に恐怖の映像が脳内で再生された。
ちょっと待って。この子らの繁殖力は半端ない。
排水口内で大量に繁殖したカワニナがじゃんじゃんじゃんじゃん沸いてくる。
いやぁああああ!
完全、ホラーやん。
B級ホラーやん。
恨みをかった悪女の家が大量のカワニナに飲み込まれる。
どうしよどうしよどうしよ。
掃除機で吸う?
この時点で奈美さんのスズメバチとルンバの話を思い出す。
そんな思考をぶったぎるように、夫が神がかった一言を発した。
「えっと、あれだ 排水溝 指輪 とかで検索して!!!」
神。検索の申し子。検索リテラシーとはこういうことだ。
検索ワード:「指輪 排水口」
ビンゴである。欲しい情報が見つかった。
なるほど。
排水口はすぐ流れていかない仕組みになっている。
Uの字の部分を開けると、そこに貯まっている可能性がある。
バケツを下に置いて開けてみろ。OK、グーグル。
夫が手際よくバケツを持ってきた。
今夜の夫は、やけに冴えている。
このところ夫婦同時の自宅でのリモートワークが続いていたせいで、お互いストレスがたまることもあった。
夫の存在にこんなに重要だったとは…!そんなことがあたまをよぎった。
彼が持ってきたバケツを下に配置し、U字部分をおそるおそる開けてみた。
ジョバジョバ~
汚れを含んだ臭い水が流れてきた。
しかし、【ニナちゃん1号】の姿ははいない。
「流れていっちゃったのかな?排水口内で繁殖したらどうしよう…」
「いや、太陽光の届かない場所では生きられない」と相変わらず冷静な夫。
「どっかにへばりついてるんじゃない?」
私が割りばしで排水口内をつついてみようとしたとき、こんどは割りばしを落としてしまった!
「ちょ、なんなの?」という夫の言葉が終わらないうちに、するりと下から出てバケツに落下した。
これは期待できる。つつけばするっとでてくる可能性がある!
「あ、見えた!見えた!」夫がiPoneのライトで排水口を照らした。
「つつくよ」
「はいな!」
深夜0時。
コツンという音が響いた。
救出完了。
子供たちは寝静まっていた。
夫は洗面台の上で割りばしを持ち、私はしゃがんでバケツを持って待ち構えていた。
キャッチした瞬間、まわりに拍手をしてくれる群衆がいるようだった。感動の救出劇。最高の共同作業。
終始冷静な判断をした夫に「いやぁ、すごいわー」と心から感心した。
検索ワード:「スズメバチ ルンバ」
救出劇を終え、あまりの自分たちのシュールさに笑いがこみあげてきた二人は、その後『スズメバチを食べたルンバ』を再読し、いやぁ~やっぱりこれには勝てないな~と笑いあった。
ともあれ、ふと持ち帰ったカワニナが、B級映画になりかけ、夫婦の絆をとりもどすきっかけになるとは思いもよらなかった。
人生とは奇なり。
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