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【詩】八月

八月

弔うことを許されないまま三年が経つ 明らかに明けた
夜の余韻を空の端に捉えながら 陽の下に呼吸すること
を受け入れられないでいる 仮定法過去完了は心の中に
ずんと沈んで 茶色くなった葉っぱを抱いた動かない水
みたいだ 生ぬるく静かにとろみを帯びていく

鼓動も呼吸も言葉にのせて飛ばせたのに あの日 おめ
でとうもありがとうもごめんなさいも私の手の中にあふ
れるほどゆれていたのに きっとあの人は どの色をし
てどの形で現れても間違いなく私を 私の輪郭で撫でて
くれたはずなのに

どこへやればいいのだろう 小さなひとかけらは発酵し
熱を帯び膨らむ一方で 耳を求めてさまよう私はいつも
張り裂ける一歩手前を歩いている 大丈夫だなんてあの
人の声以外の声になだむはずがない その声はもう私の
名前を呼ぶことしかできない

私は悔いる あの日を悔いる きらきらと強い光の中でゆ
らいでいたのに 間に合えたはずなのに たとえ今日青空
の向こうからわかっていると声が降ってきたとしても た
とえ今日百万のひとがわかるよと肩を抱いてくれたとして
も 悔いることを終えられない

              (川井麻希詩集「あらゆる日も夜も」より)

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