渇望

「あの夏が飽和する。」(カンザキイオリ著)を読んだ。(ネタバレを含みます。ご了承ください。)

久しぶりにわくわく、いや興奮した。あの時の感情は「わくわく」なんて生温い言葉で済ませていいものではない気がする。



複雑に絡まっていく人間関係。各々が抱える心の闇。それから、殺人。

この物語は僕にとって非日常の塊だった。そして、そんな非日常に僕は憧れていたんだ。

いつの間にか、僕は僕自身を物語の中に投影していた。

会社の上司を殴る。僕の目の前で親友が殺人を犯そうとしている。あるいは僕が殺人を犯そうとしている。

そういった光景を思い浮かべ、僕は「僕にできるのか?」や「僕ならどうする?」と問いかける。無論殺人なんてできないし、する勇気もない。だけど僕はきっと会社の上司を殴ることもできないと思う。例えどんなにその上司のことを憎んでいようと、僕にはできない気がする。僕の目の前で親友が殺人を犯そうとしていたとしても、僕には止められないと思う。


僕は時々自分のことが卑怯でちっぽけな人間だと感じる。人前では自分の体裁ばかりを気にして、周りに同調するばかり。自分の本心は曝け出さず笑顔を取り繕っている。時折そんな自分を変えたいなんて思うものの、行動に移す勇気が出てこない。

だからこそ、非日常に憧れたんだ。だからこそ、登場人物を僻んだんだ。

この物語の中では誰もが自我を持っていてエゴイストだ。それに、思ったことを行動に移す勇気を持っている。自分を満たす為に他人に好意を振りまいたり、自分を守る為に家族と向き合わなかったり、終いには殺人を犯したり。言ってしまえば、この物語の中は僕の持っていないもので溢れていたんだ。


まあ勿論殺人を犯す勇気なんていらない。ただ、思ったことを行動に移す勇気が欲しい。もっと言うと少しだけエゴを持ちたい。

全部ないものねだりなんですけどね。


いつかこの無限に続くような日常に終止符が打たれますように。

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