「自暴自棄にならないで」と



担当の看護師から「そう自暴自棄にならないで」と言われた。

入院して3ヶ月ぐらい経ったあたりの出来事だった。

細かく事の経緯は覚えていないが、動かなくなった足が邪魔で邪魔で。その看護師が体温やら脈やらを測りに来ている横で、ベッドに乗り移る際に自分の足を乱雑に扱ったのだと思う。
ベッドに上がるのにも、足を上げるのが面倒で仕方なかった。今でも面倒だが、その辺りの期間は少しずつ自分のできることが増え始めて、やや頭の中の整理を始めた頃。どうしてこうなったのか、自分を責めることに精を出していた時期でもあり、正直他人と話せる余裕などこれぽっちも無かった。

「〇〇さん、焦らずにやってください」

その人からすると、私は焦っている様に見えたのだろう。何か、それも癪に触った。
熱と脈を測って貰ったあと、ちょうど尻に褥瘡(床ずれ)ができたため「褥瘡の処置もしますね」と言われ、ベッド上で横向きに寝るよう促された。足が動かないので、ベッド脇の柵を使って体の向きを変えるのだが、それもすごく面倒だった。自分が行いひとつひとつにイライラして、柵もガチャガチャと音を立ててしまった。
その音も、聞こえる度に頭の中を文字で埋め尽くすような、妙な不快感があって余計にイライラした。

「〇〇さん、そんなにイライラしないで」

すみません、とだけ言った。アラサーにもなって人前で感情の制御ができないなんて。いくら鬱と診断されても、鬱とこれは関係ない、モラルや対人マナーの問題。激しく自己嫌悪し、自分に腹が立った。腹が立って仕方なかった。
数秒前まで、その苛立ちを起因とした行いを謝ったばかりなのに。視界の端にあったブランケットを、看護師に見えないようにベッドから落とした。何か物に当たりたかった。

でもそれはしっかりと見られていて、看護師はブランケットが落ちましたよ、と言って拾ってくれた。
ありがとうございます、普通ならそう返すべきだし、物に当たりたいなんてことを人前で出してしまった事を恥ずべきなのに、私はなんだか更に苛立ってしまって無言でいた。

そんな私を見てなのか、その看護師は「〇〇さん、自暴自棄にならないで、何でも少しずつこなしていきましょうね」

と、優しく声をかけてくれた。

その瞬間からもう、その場の記憶がない。ただただ、自分が情けなくてどうしようもなかった。私が同年代の中で取り残されていくような感覚を毎時毎分毎秒味わっているのは、こういうところが原因なのではないか。そう思うのに、思えば思うほどどんどんと人に優しくできなくなっていった。

そう思ったのと同時に、ふと「そもそも何か嫌な事や壁にぶち当たって自暴自棄にならないメンタルがあれば、自死を選んで行動を起こしたりしないだろう」という考えが浮かんでしまった。

すごく子どもっぽい。正論や優しい言葉をまっすぐ受け取れず、どうにかして捻じ曲げてやろうとか、何か穴を見つけてやろうといったような魂胆が見える気がする。
以降その看護師さんの言葉や声を聞く度に、自分への苛立ちやその人本人への謎の嫌悪ですごく具合が悪くなってしまうようになった。

入院してから毎日、自分はこんなにも人が嫌いで捻くれていたんだな、というのに驚かされる。
そして自分にひどく落胆して、気持ち悪くなる。
いつだかその看護師は「〇〇さんにとって一番良い方法、ストレスとか負荷がない方法を私たちも考えてやってますから」と言っていた。
素晴らしいと思う。思うが。もう放っておいて欲しい。元々死のうとしていた命にまで、甲斐甲斐しいホスピタリティを向けないで欲しい。それが仕事なんだろうけど、私と接するときは休み時間だと思って雑にしておいて欲しい。

私はもう、二度と立って歩くこともできず、ただ命がこと切れるのを待つだけの身分なのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?