お父さんがサンタクロース

 「知ってた?サンタクロースって本当はお父さんなんだよ。」

 小学校5年生のタクヤは、同じクラスのユタカに言われてはっとした。ユタカとは家が近所で毎日一緒に帰る仲である。ユタカは、小学校5年生になるということで、サンタクロースの正体をお父さんから教わったというのだ。そして今日、クリスマスイヴの夜、お父さんからプレゼントをもらう予定らしい。

 タクヤにとってサンタクロースは嫌いな存在であった。一度も会ったことがないからだ。会ったことないのはみんなと同じなのかもしれない。そうではなく、プレゼントをもらったことがないからだった。

 ユタカの言葉を思い返す。サンタクロースがお父さんということは、タクヤにプレゼントをくれなかったのは、お父さんだということだ。タクヤは家に帰り、お父さんに聞いてみた。

 「お父さんってサンタクロースなの?」

 「そうだよ。」

 意外にもあっさりと返ってきた。やっぱりサンタクロースはお父さんだったのだ。しかし、同時にタクヤは少し悲しい気持ちになった。うちにはサンタクロースが来ないのではなく、お父さんがプレゼントをくれないからだったからだ。

 「どうした?」

 タクヤが質問したきりでうつむいていると、お父さんが声をかけてきた。

 「ううん、なんでもない。」

 タクヤは、お父さんにプレゼントが欲しいなんて言えなかった。もちろんプレゼントは欲しい、だけど、自分からプレゼントが欲しいと言うことなど、なんだかとてもダサく思えた。

 夜ご飯は肉じゃがだった。うちにはクリスマスなんか来ないのだ。タクヤは毎年そう言い聞かせている。今年も去年までと同じように、頭の中からクリスマス、チキン、ケーキ、サンタクロース、思いつくカタカナを消し去ろうと必死になった。しかし、考えれば考えるほど、どんどんと頭にカタカナが思い浮かんできた。トナカイ、ツリー、プレゼント、ゲーム。悲しい気持ちになったタクヤの目からは、涙がこぼれそうになったが、ほうれん草のおひたしを無理やり頬張ってごまかした。しかし、喉にほうれん草がひっかかってタクヤは咳き込んだ。

 「大丈夫か?なんか顔色良くないな。今日は早く寝なさい。」

 お父さんに、僕の気持ちなんか分かるもんか。タクヤはそう思いながら返事をした。そうだ、今日はなんでもないただの1日だ。そう思ってタクヤはお風呂に入り、いつもより1時間早く布団に入った。

 眠れない時間が続いた。頭の中には、聞き覚えのあるクリスマスソングたちが、メドレーのように押し寄せてきた。どの曲にもシャンシャンと鈴の音が鳴っている。シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン。頑張って上野動物園のパンダを思い浮かべた。今年の夏にお父さんと見に行ったパンダだ。シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン。パンダの身体が白と赤になって頭の中に浮かんできた。パンダクロースだ。シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン。鈴の音が頭の中で鳴り続けるのが苦しくなり、タクヤは身体を起こし部屋のカーテンを開け、窓を開けた。

 冷たい風が吹き込み、身体が震えたが、今のタクヤにはちょうど良かった。シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン。まだ頭の中で鈴が鳴っている。いや、さっきとは音が違う、本物の鈴の音が鳴っていた。二階にあるタクヤの部屋から鈴の鳴る方を見ると、そこにはトナカイに見えるようにツノが生えたバイクにまたがる、サンタクロースがいた。バイクには巨大なソリがつながれていて、たくさんの荷物が積んであった。サンタクロースは、バイクのエンジンをかけ、手首をひねった。ブーンと大きな音が鳴り、バイクは空へと飛び立った。タクヤはあっけにとられて見とれていた。空へと飛び立ったバイクの音は消え、また鈴の音がシャンシャンと鳴った。一度離れていったバイクは大きく旋回し、またタクヤの家の前を、今度はタクヤの部屋よりもずっと高い位置を飛んでいった。一瞬、サンタクロースと目があった。サンタクロースの口が開いて、何かを言っているようだったが、なんと言っているのかは分からなかった。

 ユタカが言っていた、サンタクロースがお父さんというのは違った。サンタクロースは本当にいるのだ。タクヤのところには来ないけれど、サンタクロースは本当にいるのだ。タクヤにとっては、サンタクロースがお父さんなのではなく、お父さんがサンタクロースだった。タクヤはそっと窓を閉め、布団へと戻った。いつでも入って来られるように、窓の鍵は開けておいた。

 冷え切った身体を布団にくるみ、タクヤは目を閉じた。目を閉じると、頭の中にまた鈴の音が鳴りだした。

 タクヤは初めて、サンタクロースにお願い事をした。

 「無事に帰ってきてね。」

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