ただいま #6

 呼び鈴のボタンを繰り返し押した。ピンポン、と音が鳴り止む前に、また新たなピンポンが生まれ、さらに重なるように次のピンポンが生まれていった。繰り返し鳴り続けるピンポンの連続は、壮絶な卓球のラリーのようにも思えた。チャンスボールが飛んできたら、スマッシュを打つ構えは出来ていた。


 今の時代、ピンポンと鳴るタイプの呼び鈴もなかなかないだろう。中には不思議なメロディが流れるものまである。ブザーが鳴るタイプは、何か悪いことがバレたような気持ちになるので、あまり好きではない。そもそも、室内にいながらにして、訪問者と話が出来るタイプのものは、呼び鈴とすら呼ばないのかもしれない。我が家のは、ドアの真横についている、呼び鈴と呼ぶべきタイプのものである。


 実家の母の元で暮らすようになってから、もう一年が経とうとしている。父は私が小さい頃に亡くなっていたし、姉は今も海外で生活しているため、今は母と私と息子の三人暮らしである。昨年、私が離婚をし、この家に戻ってくるまでの十数年間、母はこの広い家に一人で住んでいた。一人では卓球は成り立たない。


 中から、声変わりの始まった息子の嗄れ声が聞こえてきたので、それ以上球を打ち返すのはやめた。気だるそうに階段を降りてくる息子の足音が聞こえた。


 夏休みももう終わろうとしているのにも関わらず、息子が宿題をやるそぶりは少しも窺えなかった。息子の部屋から、ジャズの名曲のトランペットの音が溢れてきている。繰り返し曲名を教わったが、その曲名を思い出すことは出来なかった。


 息子がジャズを聴くようになったのは、紛れもなく元夫の影響だ。我が家には、レコードが山のようにあった。いや、山のようにという表現はふさわしくないのかもしれない。実際に、山のように数がある時は、決して山のようには並んでいないはずなのだから。山のようにレコードを保存している人がいるのならば、見てみたい。おそらくレコードを積み重ねても、山のような形状にはならないだろう。


 城壁、とでも呼ぶべきなのだろうか。綺麗に整頓されたレコードが、おそらくアルファベット順に、壁一面の棚に収納されていた。棚ごと倒したのなら、レコードの山が見られるのかもしれないが、そんなことをしたら、レコードの山を見る前に夫に命を奪われたことだろう。やはり、レコードの山を見ることは出来ないのだ。
 私はレコードを繰り返し聞いた。夫は、他人にレコードを触らせるのを厭わない種類の収集家だったので、私は遠慮なく、擦り切れるほどに同じレコードを何度も聞いた。


 英語で大工という意味を持つ、兄妹デュオの曲だった。邦題ではタイトルに青春と入っていたような気がするが、英語では青春と読めそうな単語は含まれていなかった。昔は、英語の苦手な日本人でも分かるように、海外の楽曲にはよく邦題が用いられていた。誰がどう感じてつけている邦題かは分からないが、なぜそのような邦題にしたのだろう、と思うことが多かった気がしている。訳せなさそうな時には、英題のまま、カタカナで表記していた。それが許されるのならば、すべて英題のままでも良いような気がしていた。気づけば邦題というものも、最近は見かけなくなった。


 息子の部屋からもよく英語の歌詞が聞こえてきた。今の子どもの方が、昔に比べると英語に触れる機会が多いのだろうから、当然とも言える。元夫からもらったレコードプレイヤーを部屋に置き、息子はレコードを貪るように聞いていた。


 数あるレコードの中から、ジャズを選び抜いたのは息子自身であった。夫も私も、ジャズに深い関心はなかった。ちなみに夫はレコードを「収集」するのが趣味であり、何度も同じレコードを聴くということはしていなかった。一度聴けば満足そうにし、また次のレコードを手に入れた。集めて並べることで、快感を得ていたのだと思う。レコードと同じように、わずかに針で撫でられた私も、同じように棚に仕舞われたのだろう。夫の好きな曲すら、私は知らなかった。


 父か母、という究極の選択を迫られた息子は、特に悩むこともないそぶりで、母である私を選んだ。というよりも、夫が出ていったのだから、選択したとも言い難い。強いて言うのなら、私が繰り返し同じレコードを聴き続けていたことが、息子の決め手だったのかもしれない。


 そう思えるほど、息子も同じ曲を何度も聞いていた。自分で繰り返す分には何も感じないのだが、人が同じ曲を繰り返し流すのは、それなりに不快であった。息子には、ヘッドホンを買い与えたが、昼間はそれをせず大音量で聴いている。何度も文句を言ったが、母の言うことを素直に受け取れるような年齢ではない。それくらいは理解しているつもりだ。


 また今日も夕食の支度をしながら、何度も繰り返しこのトランペットを聞かねばならない。私は元夫に、少しだけ申し訳ない気持ちを浮かべ、空を見上げた。夏の終わりの入道雲が、元夫の顔には見えなくて安心した。


 息子が中から鍵を開け、私はドアを開けた。気だるそうな息子の顔が一番に目に入ってきた。私はあと何度この気だるい顔に、迎え入れられるのだろう。たまには仕事帰りの母を労おうとか思わないのか。そう言いかけたが、自分にできていなかったことを人に強要することはしたくなかったので、すぐに飲み込んだ。今日は、母の好きなすき焼きにしよう。今日買ってきたもので、すき焼きが完成するとは到底思えなかったが、夕食の献立が決まった。


 迎え入れるよりも素早く、戻っていった息子の部屋のドアが開き、トランペットの音がより一層大きくなった。あと何回、この言葉を繰り返すのだろう。特有のリズムを刻むジャズの音とは決して交わることなく、私は言った。


 「ただいま。」

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