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早川沙織からの手紙 #22

科学館1

 放課後、ヨシオに誘われて第一体育館に行った。
 ヨシオは、観客席の柵に寄り掛かるようにして見下ろす。
 元気な掛け声を出して、お揃いの黒いTシャツにハーフパンツ姿の女子バレー部が練習をしていた。みんな両肘と両膝にサポーターをつけてる。
「ヨシオが体育館に誘うのはめずらしいな」
「んー、そうか」
「とぼけんなよ。気になってるコがいるんだろ」
「サーブ練習してる。前髪をヘアピンで止めて、背の高い」
 ぼくは、柵から身を乗り出すようにして、コートを探した。
 ひときわ背が高くて、見るからに運動が得意そうな女子がいた。文科系の男子に、腕相撲で勝てそうな体格をしている。
「2年?」
「8組の藤本さん。めちゃくちゃスポーティーだろ」
「モデルみたい。休憩時間に消えてると思ったら、8組まで遠征してたのか」
 ぼくは、またえらい高目を狙ってきたな、と思った。
 ヨシオは顔だって悪くないし、性格も面白い。彼女ができないのが不思議なぐらいだ。お調子者なので軽く見られがちなのと、モテそうな女子ばかり狙うもんだから、痛い目に遭うことが多い。
 本人にいわせると「モテてるコを狙ってるんじゃなくて、好きなコがたまたまモテてるんだ」とのことだ。そのへんのことは、よくわからん。
(ライバルが多そうだなあ)
 というのが、ぼくの率直な感想だった。
「雨の日にバスで、席が隣になってさ。動画見たよ~って感じで、彼女から話しかけてくれたんだ」
「へー、地道に活動してきたかいがあったな」
「新作見せたら、男子みたいにガハハハって笑うんだ。そのギャップにヤラれた。ああいうコと、付き合えたら最高だろうな」
 ぼくは、ヨシオの肩を軽く小突いた。なにか手伝えることあったら、遠慮なくいえよ、と伝えた。
「そっちこそ、どうなんだよ。早川さんと」
「どうっていわれてもなあ」
 ぼくは、柵にあご肘をついて、むずかしい顔で唸った。

 ◇ ◇ ◇

 昨日、ぼくの家に来た。約束通り、サツキと遊ぶためだ。
 沙織は、自分が子供の頃に着ていた花柄のワンピースをサツキにプレゼントした。襟のところにリボンがついてて、ファッションにトント疎いぼくでも外国のブランド品だってわかる高そうな服だ。
 サツキは、すぐに着替えて見せびらかすほど、よろこんでいた。
「見て見て、お人形みたい!」
「ずいぶん印象が変わるもんだな。ちゃんとお礼をいえよ」
「沙織お姉ちゃん、ありがとう! へへっ、誕生日会で友達に自慢する!」
 ぼくは、物で釣るのがうまいなぁ、と感心したぐらいで、一発でサツキを手なずけるのに成功した。
「女の子はワンピースが一番よね。将来、美人になるわよ」
 お世辞としても、妹を褒められるのは自分が褒められるより嬉しい。案外、沙織はいいお姉さんタイプなのかもしれない。

 ぼくが台所でホットケーキを焼いているあいだ、テーブルの椅子に座って、小学校でなにが流行っているのか聞いていた。
 サツキは、女子のあいだで可愛い文房具が流行ってると答えていた。買ってきて、友達と見せ合う。定番は、おしゃれな筆箱で、あと匂いつきの消しゴムとか。
「なつかしい。私も買ってた。ママにおねだりして」
「男子はアニメやゲーム」
「学校に好きな男のコいる?」
「みんな子供だもん。女子に人気の男子はいるよ」
「足の速いコでしょ」
「わぁ。どうして、わかったの?」
「小学校だと足の速い男子がモテるの。私も初恋の相手は足の速いコだった。はじめて、かけっこで負けたの。気になる男子の目を見て、にっこり微笑みかけるといいわよ。たいていの男子は勘違いするから」
「いいこと聞いちゃった。ためしてみようっと」
 サツキは、花のようにした両手に顔を乗せて、沙織の話にふんふんと聞き入っている。
 そうやって見ていると、年の離れた姉妹のように見える。

「焼けたぞ。すこしはお淑やかになってくれると、兄としても助かるんだけどな」
 ぼくは、焼きあがったホットケーキを皿に載せて、ふたりのまえに置いた。
 沙織はフォークとナイフを使って、きっちり8等分にカットして、一口ずつかじるようにして食べた。
「ふわふわで、お店みたい。メープルシロップもいいわね」
「サツキのおやつによく作るんだ。コツは、ボールで先に卵と牛乳を混ぜて、ホットケーキミックスはあまりかき混ぜないことだよ。空気が逃げてベタっとなる。あとはフライパンで焼くだけ」
「お母さんに教えてもらったの?」
「YouTube。パラパラのチャーハンも作れるよ」
 沙織は感心したみたいに「動画サイトもバカにできないわね」といってた。

 食べ終わった食器を流しで洗って、ぼくの部屋で大富豪をした。
 沙織はサツキ相手でも手を抜かなかった。サツキが革命を出して、はしゃいだところに、革命返しを繰り出して、実力差を見せつけていた。
「大富豪なんて中学校以来。地域ごとにマイナールールがあるでしょ。対人ゲームは得意なの。人狼ゲームとか、友達とワイワイ騒げて楽しい」
 トランプをケースにしまい、ベッドに並んで座る。
 サツキは、リビングでアニメを見ている。
「バスケを教える約束までして、すっかり友達みたいだな。あれ、ブランド品だろ。結構、するんじゃないのか」
「着れなくなった服が、うちにたくさんあるの。捨てるわけにもいかないし、だれかに着てもらったほうが服も幸せよ。それにパーカーをもらったでしょ、将樹に」
「ぼろパーカーがブランドのワンピースか。わらしべ長者だな」
「将樹には、これをあげる。私の本」
 沙織が、スクールバッグの中から、見覚えのある表紙をした薄い文庫本を取り出した。
 小さな星に、黄色髪をした少年が立っているイラストで、『The Little Prince』と書いてある。
「苦手意識を克服するのに、いいと思うの。とっかかりとして」
「星の王子さまの英語版か」
「本棚に、日本語版があるでしょ」
「うん。ある」
「読破しようとするんじゃなくて、1日1ページずつ読み比べてみて」
「それぐらいなら、ぼくにもできそうだ」
「将樹は読解力は高いから、繰り返し見てるうちに英語のリズムを掴めると思う。そのうち、まちがった英文を見ると違和感みたいなのを感じるはず。フルートの音程がずれたみたいに」
「いろいろもらってばっかりで悪いな。お弁当だって作ってもらってるのに」
「そう思うなら、たくさんハグして。毎日、昼と帰りに」
 沙織は耳元の髪に指先を当てて、ふふっと笑っていた。
 ぼくは、沙織の肩を抱き寄せて、力強くハグした。
 沙織はびっくりしたみたいだった。
 しがみつくようにして、ぼくの体に腕を回す。
 ぼくの体に小さな膨らみが当たり、沙織の心臓が鼓動を打っているのが伝わる。
「強引な将樹も嫌いじゃない」
 とつぶやいた。
 ぼくは、沙織の黒髪の甘い香りを嗅ぎながら、またキスをしたいな、したら怒られるかな、と考えていた。

 ◇ ◇ ◇

「おい、もしかして最後までヤッたのか」
「アホ。そんなわけないだろ。告ったよ、このあいだ……返事はもらえなかったけど、好きといってくれた」
 冷やかされるのが目に見えていたので、キスをしたことは黙っておいた。
 沙織は、プライベートな部分をべらべらしゃべるのを嫌いそうだし。というか、嫌いにちがいない。
「思わせぶりだな。両想いってことだろ? 一緒に帰ったりしてるんだし、付き合ってるの同然じゃん」
「事情が複雑なんだよ。まだ気持ちじゃないというか。女子は、そういうのあるだろ」
「わかるー。俺も、ヨシオくんがその気なら、いまの彼氏と別れて付き合ってあげてもいいよっていわれたことがある。で、次の日にそのことを尋ねたら。あれは、そのときの気分だっていわれた」
「なんじゃ、それ」
「タイミングが肝心なんだろ。このときに告白したらOKだけど、ズレるとお断りみたいな」
「ふーん。タイミングか。なるほどなぁ」
 女子バレー部の部員が一列に並んで、つぎつぎにジャンプしてネットの向こう側にアタックを打ち込む。ボールが床で弾む音がする。
(告白したタイミングって、あんまりよくなかったよな。雰囲気に流された感じだったし……中学のときから成長してないな)
 と考えたけど、いまさら手遅れだ。
 ヨシオは、ポケットから2枚のチケットを取り出して、ぼくに差し出した。
「これ、やるよ。科学館のチケット。おふくろが商店街の福引で当てたんだ」
「彼女を誘うんじゃないのか」
「どう見ても、科学館ってタイプじゃないだろ。ボーリングでも誘うよ。早川さんは頭いいし、こういうの興味ありそうだろ」
「たしか、プラネタリウムがあったよな」
 沙織もぼくも、宇宙に興味があるし、ちょうどいい気がした。
 プラネタリウムを見て、帰りにどっかで食事して、アーケード街のゲームセンターにでもいけば、いいデートコースになる。
 すくなくとも、映画館でアクション映画を見るよりはマシだ。

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