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早川沙織からの手紙 #18

ぼくは、それを一番おそれている2

 女子のダンス動画を撮るから手伝ってくれとヨシオにいわれたのは、その日の午前中のことだ。
 沙織とばかり行動していて、放課後にヨシオと遊ぶこともめっきり減っていたので、たまには付き合わないと悪いよなと思った。
「撮影場所は教室で、自習時間中に女子が踊るという設定なんだ」
 席について、教科書やノートを開いて勉強してるフリをしてればいい。ぼくの得意分野だ。
 教室には、暇な男子が残って、踊るスペースを確保するために、協力して机の半分ほどを廊下に出した。
 踊るだけなら教室の後ろでもできなくはないけど、それだとカメラとの距離が取れない。それに後ろ半分は、どうせ映らないのだから置いておく必要はない。
 教室の使用許可は、ヨシオがあらかじめ担任のササキ先生に話してOKをもらっていた。
 ササキ先生は、ケガをするような危ないことをしなければ、教室を好きに使っていいといっていた。終わったあとには、ちゃんと机を元の場所に戻す約束だ。
 黒板には、チョークで自習中と大きく書いた。
 あとは、スカート短めの女子たちが、リミックス音楽に合わせて腰を振って撮影は終わりだ。
 それでも、リハや撮り直しが何回かあって、小一時間ほどかかる。
 女子は4人いて、髪が長くてスタイルが良くて美人ばかりだ。みんなネクタイを緩めて、髪色が明るくおしゃれをしているし、性格もノリがよくて陽気だ。
 こういってはなんだが、うちの学校の女子はレベルが結構高いと思う。
「なかなかいい感じだな。女子のダンスも緩くシンクロしてて」
 ぼくは、映像を確認しているヨシオにいった。
 ヨシオは総合演出みたいなもんだ。女子の立ち位置を決めて、画角やら考えて、あとで編集して。スマホを使って撮影をしている。可愛い女子に頼まれたら断れないところがヨシオらしい。

「これなら爆速で、いいねがもらえるぞ。初日で1Kぐらいいくんじゃないか」
「へー、そんなにか」
「JKブランドは強力だからな。このあいだの、テストの点を聞いて回るヤツなんてダダスベリだぜ。ほんと真面目にネタを考えるのがバカらしい」
「ぼくは、面白かったけどな。世間はシビアだな」
「ぶっちゃけ、撮るのよりネタ考えるほうが時間かかる。いいアイディアがないと、苦労して撮影しても無駄骨だからな」
「で、どのコが狙いなんだ」
「そんなんじゃねーよ。今回はヘルプ頼まれたからやってるだけ」
「そうなのか」
「まーな。こうやってパイプを作っとけば、いざというときに動画に出てもらえるかもしれないだろ。それに演者を狙うとかずるい」
「なんだよ、ファンには手を出さないみたいなポリシー」
「どのコも、いいコだぜ。話が合うし。まがりなりにもインフルエンサー目指してて、撮影してる相手を恋愛対象として見るのってキモくねーか」
「ふーん。そういうもんなのか」
「早川さんはダメだった?」
「まあ、うん……いちおう聞いてはみた」
「あのビジュだろ。センターで踊ってくれたら絶対にバズらせられる自信あったんだけどな」
「顔出しがNGらしい」
「ネットリテラシー高そうだもんな」
「リテラシーなのかなぁ」

 ほんとは、もっとキツイことをいってた。
 昼休憩にヤガミ少尉の部屋で、沙織が作ってきてくれたおかずを食べ終わって、冷たいお茶を飲んでいるときの話だ。
 だれが見てるかわからないのにスカートを短くして踊るのは、ただの性的消費だと全否定だ。チヤホヤされて承認欲求が満たされるかもしれないが、そういうのは若いうちだけで、自分の価値を貶めるとか、ここにいる女子が聞いたら髪を掴んで取っ組み合いのケンカがはじまってたかもしれない。
 ぼくも、こういう反応じゃないかなと薄々予想はしてたので、だよなーって相槌を打っておいた。これをきっかけに学校の女子とも仲良くなってくれればなと思っていたけど、そううまくいかない。
 たしかにスカートをヒラヒラさせて踊るのは、沙織らしくないよなと思う。沙織はそういう女子から距離を取って、冷ややかな態度をしてるほうが、ぽいっ。
 問題は、その後だ。ぼくは、沙織と駅前にある予備校へ、下見に行く約束をうっかり忘れていた。
「予備校はどうするのよ。帰りに行く約束だったでしょ。まさか忘れてたの?」
「ごめん。撮影が終わるまで、図書館で本でも読んでてもらえるかな」
「なにいってるの。先週から約束してたのに。スマホのカレンダーにメモ入れなさいよ。そのための機能でしょ」
「うん、だから、ごめん。明日じゃ、だめか?」
「コウヘイとナオミも、将樹に会えるのを楽しみにしてるのよ。ヨシオくんにいって断りなさいよ、先約があるって」
「いまさら無理だよ。立場もあるし、このごろ誘いを断ってばかりだったろ」
「将樹の立場がなによ。私の立場はどうなるのよ!」
「うーん……でもさ、予備校行くのは沙織であって、ぼくは関係ないだろ」
 ぼくの余計な一言に、沙織の眉がピクンと反応した。
 それまで穏やかだった空気が緊張した。
「受験はどうするつもり。1年なんてあっというまよ。夏休みに会えなくてもいいの?」
「夏休みはバイトでもするよ。近くのファミレスで。どっちにしても、ぼくに国立大学なんて無理だよ」
「将樹、本気でいってるわけ? だとしたら本当にバカよ」
「バカはないだろ。だいたい勝手にウソついたのは沙織じゃん」
 気づいたときには遅かった。
 沙織は両目を大きく見開いて、ぼくのことをにらんでいた。
 息をのむっていう表現がピッタリだった。
 ときどきマンガなんかで、怒った顔も可愛いなんていうのがあるけど、あれはウソだ。ぼくは、ヤバッと思った。

「たしかに私には関係ないわね」
 言葉に怒りをにじませて、机の上にあったランチボックスをさっさと手提げ袋にしまい、椅子から立ち上がる。
 名前を呼ぶ声を無視して、沙織は部屋から出ていった。 

 撮影中、何回もスマホをチェックしていた。LINEを送ってるのに、既読すらつかない。
 これは相当、頭にきてる証拠だぞ、と思った。
(沙織の怒った顔、ひさしぶりに見たな)
 などと、のんきなことを考える。
 あのときは、転校してきてすぐだったし、衝動をグッと我慢してる感じだった。
 今日、ビンタされなかったのは、ぼくのことを叩く価値もないヤツだと思ったのかもしれない。

 撮影が終わって、廊下に出した机を教室に戻していると、ヨシオが「みんなでモールに行くけど来るか? 女子も行くってよ」と誘われたけど、やめておいた。そういう気分じゃなかった。
 教室を出て、念のため図書館に行こうとして、駐輪場に行ったほうが早いことに気づいた。
 駐輪場に、沙織の自転車はなかった。
(そりゃ、そうだよな……いまから予備校に行っても遅いよな)
 しかたないので、ぼくは自転車のカゴにスクールバッグを入れて帰ることにした。
 小川沿いの道を自転車をこぎながら、(いい感じだと思ってたのに、うまくいかないもんだなぁ)、と考えてた。
 いつも沙織と一緒だったので、ひさしぶりにひとりで帰るような気がする。すごく味気ない。どこかに寄り道しようという気も起きないのに、やたら道のりが長く感じる。
 なんでケンカなんかしたんだろう、と後悔して、原因はどう考えても、ぼくだよなあ、と思うと、自分のアホさ加減にあきれてしまう。
 そもそも、約束を忘れてたのが論外だし、沙織はぼくのことを心配して勉強をするように勧めてくれてるのに、関係ないなんていうのは、失礼を通り越して無神経すぎる。
 沙織は、夏休みに予備校に通うことで、ぼくをコウヘイやナオミと仲良くさせたいのだ。その気持ちは、なんとなくわかる。おそらく、その先にはミカとタイガの仲も復活させたいという計画もあるのだろう。
 ぼくにもいい分があって、沙織がいまの学校で新しい友達を作ればいいなと思って誘ったわけだし、それをあんなふうに上から目線で批判というか、全否定するのは気持ちのいいものではなかった。
 ヨシオだって、ダンスしてた女子だって、ネットには誹謗中傷がたくさんあるし、エロ目線の男がいるのもわかってて、納得して動画を撮っている。かならずしも注目を集めてチヤホヤされたいわけじゃないと思う、たぶん。練習したダンスを披露したいとか、友達との思い出を残したいとか、ぼくらは高校生だし、そういう遊びみたいな部分があってもいいと思う。
 やりすぎはダメだけど、高校生のときしかできないバカなことを、しっかりやっておくというのは、大人になってからも無駄ではないような気がする。
 例えば、11月11日の11時11分11秒に、教室のみんなでいっせいに大声をあげるのは、大人になってからできることではないし、それになんの意味があるといわれればそれまでだけど、協調性や社会性みたいなのは、教科書では学習できないところがある。
 とか、えらそうなごたくを並べて自己弁護を組み立てつつも、本当は、沙織がスカートをヒラヒラさせて踊ってる姿を見たかっただけなのかもしれないと思うと、つくづくぼくはバカだなと、最初の答えに戻ってしまう。

 家に帰っても未読のままだった。
 LINEではラチがあかないと思って、夕食後に電話をかけることにした。
『おかけになった電話番号は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため、かかりません』という案内メッセージが流れた。
 これは、いよいよ沙織が本気で怒っているぞ、と考えた。
 LINEもダメ、電話もダメ、となると打つ手がない。まさかタワマンまで直接押し掛けるわけにもいかないし、そんなことをすればストーカーだ。
(考えてみたら、部屋番号も知らないじゃないか。もしかしたら、このまま終わりなのかな)
 そんな気がしてきた。普通ならこれぐらいのケンカと思うけど、沙織だとありえるのが怖い。
 明日、学校で謝ろうと思ってあきらめた。
 それで無視されたら無視されただ。まえみたいに小田桐ヒナに仲裁を頼むか。時間がたって機嫌が直るのを待つか。コウヘイかナオミの連絡先を聞いてれば、そっちルートで早かったんだけど、失敗したなあと思った。
 外はすでに真っ暗で、SNSのチェックする気にもなれなかった。ネットで、女子の機嫌の直しかたみたいなサイトを検索しようかと思ったけど、バカらしいのでやめた。
 部屋の灯りを消してベッドに横になり、ぼくに日記を書く趣味がなくて良かったと思いつつ眠りについた。

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