#どうにもとまらない ~「選択と集中」という神話

(かわせみ亭コラム#17)
 現在でも「選択と集中」を経営方針の中核に据えている企業の何と多いことであろうか。理に適っているように見える。ただしこの前提は、「選択が正しかったら」であろうということである。選択を間違えると集中した投資は全て無駄になり、その企業は即破産となる。「選択と集中」という言葉は実に魅力的であり、誘惑に満ちた言葉である。しかしながらエルピーダメモリーはDRAM技術の先端技術をもったまま倒産状態に陥り、シャープは世界に冠たる液晶技術を持ったまま経営危機に陥り台湾企業に身売りされ、パナソニック・ソニー・NECなども同様に先端技術を持ったまま危機的な赤字を計上し、みな立ち枯れ状態に陥ってしまった。みな頭脳明晰な一流大学出の人材を抱えており、間違うはずの無かった組織のはずだったが、結果として「選択」を間違えてしまった。「選択と集中」の言葉から連想される言葉は、「一点突破全面展開」という言葉である。旧陸軍ないしは全共闘の玉砕覚悟の切り込み突撃の破れかぶれの戦術である。結果は、覚悟していた通りの悲惨な全員玉砕の結果ばかりであった。智を失い、理を失った挙句の自殺的行為で多くの兵は死んだ。現代の経営者たちは、旧日本軍の悲惨な失敗に何も学ぶことなく現在に至っているようである。
選択を誤らない保証などどこにもない。保証のないものに全財産を集中するという行為は、ばくちにも似た行為である。この行為は苦境に陥った個人や組織における末期的な症状とも言える病的な行為である。明治時代も現代においても、日本人の危機における極端な行動の選択は何も変っていないようだ。選択と集中を行う前にもっとやるべきことがあったのではないか。自分の組織の足元をよく見、多くの無駄や無理なことを排除してきたのであろうか。貴重な技術やノウハウを将来の繁栄のために循環・継承してきたのであろうか。一つ一つの小さなものの積み重ねを行ってきたのであろうか。行動経済学の知見に次のようなものがある。
損失回避の法則(プロスペクト理論):「ほとんどの人は、確実に儲かるときより、損失を避けようとするときの方が、より大きなリスクを負おうとする(ダニエル・カーネマン、2002年ノーベル経済学賞)」
つまり賭け事に見られるように、負けが込むに従ってばくちにのめり込み大金をつぎ込み続けるようなことを言っている。どうにもとまらないのである。
好調を続けるアップル社のIphone・Ipadには多くの日本メーカーの技術や部品が採用されていると聞く。アップル社は、世界中の有用な技術をこまめに拾い集めシステム製品として統合させたのであろう。大きな成功の裏には、必ず地道な小さな技術や努力の積み重ねと同時にそれらの統合が必要である。二宮金次郎の言う、積小為大とは、そういうことを言っているのであろう。コンビニのトップであるセブンイレブンも最初は一店舗から始まり、営々と仮説と検証を積み重ね、43年の歳月をかけて、現在の2万店舗にまで成長してきたのであろう。

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