見出し画像

トーキック (38)

 暗黙の了解。漢字三文字にすると”不文律”となる。意味は「その集団の中で、暗黙のうちに守られてる約束ごと」であり、生きていれば誰しも一度は体感するものである。しかし、この言葉を使う時に果たして体感という言葉で合っているのだろうか。甚だ疑問ではあるが、それについては今回は触れないでおこう。大切なことは他にいくらもあるのだ。重箱の隅に張り付いた細かいものを煮込んでいきたいと常々思ってはいるが、何を煮込むのかは丁寧に取捨選択しなければならない。さもないと、ただの偏屈野郎に成り下がってしまう。指の届かない背中の痒いところを優しく掻いてあげたい、そういう気持ちを決して忘れてはならないのだ。無駄話が過ぎた。そろそろ今回の題目を発表しよう。煮込むべきものはトーキックである。

トーキックとは、サッカーにおいて脚の爪先でボールを蹴る技術である。爪先で蹴ることで、初心者でも強い力をボールに加えることが出来るのだ。なんと素晴らしい技術なのだろう。サッカーという競技において、ボールを強く飛ばすという能力を持つことは、魅力的であり必要不可欠なのである。 それがこのトーキックを使うと例え初心者でも、身体が小さく筋力がなくても、ボールを遠くまで飛ばせるのだ。しかし、そんな良いこと尽くめのトーキックだが、何故か忌み嫌われているのだ。いや、現在は多少理解はされてるかもしれないが、今より20年以上前、Jリーグ全盛で誰もがサッカー少年だった頃は、暗黙の了解でやってはいけないものとされていた。主な理由は誰でもできる、ズルい、カッコ悪いの3つである。

一つ目の理由は多少理解出来る。仮にもサッカー少年ならば、脚の甲で蹴るインステップキックでシュートを決めくては、いつまでも初心者から抜けられない。誰でも出来ることをやるのは、上達において必要ないということだろう。しかし後の二つのズルい、カッコ悪いは理解出来ない。何がズルいのか。小学生や中学生の頃は個人の体格差が大きいものだ。特に中学生は一年生と三年生で大人と子供、ライオンとミニチュアダックスフントくらいの差があるのだ。身体が小さく筋力がなければ、いくら上手にボールを蹴ったとしても、インステップキックではボールは強く飛ばないのである。一番ズルいのはむしろ体格差なのだ。そんなミニチュアダックスフントにとって、体格差を埋める唯一の武器がトーキックである。しかし、暗黙の了解によって武器を封じられてしまう。そのうちミニチュアダックスフント達は三年生になり、今度は自分達がライオンとなる。

近年、トーキックが見直されているそうだ。プロの選手が技術として使っているらしい。助走に角度がいらない、相手のキーパーがタイミングを取れないなど、沢山のメリットがあるようだ。それが証拠に元ブラジル代表のロナウド・ルイス・ナザーリ・オ・デマ選手は、ここぞいう時にトーキックで点を取り、チームを何度も勝利に導いている。暗黙の了解で禁じられていたのは一体なんだったのだろう。狭い世界で認められていないものも、広い世界で見ると、とても重要なものだったりする。
この文章を早く偉い人が認めてくれることを願う。
マジで。

画像1


この記事が参加している募集

#子どもに教えられたこと

32,903件

この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com