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パラリンピック (55)

 子供の頃住んでいた家のすぐ近くに養護学校、盲学校、聾学校があった。なかでも一番近いのは養護学校で、そこで年に一度開かれるお祭りに行き、バザーの美味しい焼き鳥を友達と食べたりしていた。因みに焼き鳥といっても串に刺さってるやつではなく、骨つきもも肉を丸ごと炭でやいたようなもので、思えば大変に美味なるものであった。小学校のサッカークラブ(Jリーグ全盛期で友達が皆サッカーをやっていたので、運動音痴だが入っていた)は、その養護学校のグラウンドを借りていたし、通っていた小学校にも”ひまわり教室”があり、障がいをもった子供たちも通っていたりで、小さい頃から障がいというものが身近であった。中学の時はサッカーの部活で盲学校聾学校のグラウンドを借りていた。そんなに身近であるにも関わらず、あまり障がいについて詳しくはなかったし、今も特別知識もない。まして子供なんてのは残酷なもので、意味もわからず障がいをもった人達のマネなどして遊んでいるくらいだ。恥ずかしながら筆者も小さい頃はそんなことをしたような記憶がある。知らないというのは恥ずかしい。無知は罪ではない、知らないのは仕方がない、しかし、非常に恥ずかしいものである。

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この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com