SF名作を読もう!(25) 科学小説にして痛快なエンターテイメント!『火星の人」のアンディ・ウィアーの現時点での最新作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
これぞ正統派SF小説!あの映画『オデッセイ』の原作である『火星の人』の現時点での最新作(第3作目)『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は化学好きの人はもちろん、そうでない人でも十分に楽しめるエンターテイメント作品となっています。すでに映画化も進んでいるようで、これがどう映像化されるか、それを考えるだけでもいまからワクワクです。
SF小説とは、「もし〇〇の状態になったら、それをどう科学の力で乗り切るか」というのがその基本構造です。そしてこの「もし〇〇になったら」の部分が常識ではあり得なければあり得ないほど面白く、そして「それをどう科学の力で乗り切るか」が科学的であればあるほど、科学的で現実的であればあるほど、説得力があります。つまりある意味SF作家とは、無茶ぶりを自分自身でしておいて、それに「科学」をもって回収作業をしていくということを行っています。そう、SF小説を書くということ自体がまさに壮大な「プロジェクト」なのです。
そしてこの小説、まさに「プロジェクト」であるこの作品でのプロジェクト名は「ヘイル・メアリー」と言います。「ヘイル・メアリー」とはラテン語での「アヴェ・マリア」の意味、つまりは「神のご加護を」的な意味だそうですが、「奇跡を我らに」という訳仕方もあるでしょう。SF小説で起きるのは常に「奇跡」なのですが、その「奇跡」をもたらすのは常に「科学」なのです。もちろん「神」的な存在が出てくるSF小説もありますが、その「神」すらも科学的(超科学的である場合も含む)で捉えるのが、そして科学的であるという意味で読者に十分な説得力を与えるのが、SFの、というかSF作家の腕の見せ所であり真骨頂なのです。
と、前置きが長くなりましたが、それもこの作品の内容自体には触れないためです。とにかく読んでくれ!としてか言いようがありません。そしてこの小説、科学的知識モリモリの科学小説であると同時に十分にエンターテイメントでもあるのです。SFにエンターテイメント要素を取り入れすぎるといわゆる「ベタ」にもなりかねません。たしかに「ベタ」な部分もあるかもしれませんが、逆に言えば「ベタ」だからこそエンターテイメント、つまりは面白いのです。しっかりと感動させてくれるところでは感動させてくれるし、泣かせるところでは泣かせてくれます。そう、「ベタ」であることには何の問題もないのです。問題はその「ベタ」の中にどれだけその作家のオリジナリティがあるか、ということです。そしてアンディ・ウィアーの場合は、そのオリジナリティは圧倒的な科学力、科学の知識、そしてユーモアのセンスというところにあるでしょう。
そしてその意味では、この作品の裏テーマとして「子供たちへの科学教育」、というものがあるのも納得いきます。読んでみると「アメリカでは高校レベルでこんなにレベルの高い科学の授業をしているの?」と思いますが、もちろんそこで描かれているのは作家の理想像としての科学教育でしょう。ここで描かれている授業スタイルは、基本的な知識を与えた後で、何らかの課題を与え、それをこれまでに与えられて知識をフル活用して、その課題に対する答えを見つけ出す、というスタイルの授業です。そして教師には常にユーモア、あるいはエンターテイメント(お楽しみ)の精神があります。そう、これこそが授業のあるべき形であり、教育、教師のあるべき形なのです。先に「無茶ぶり」という言葉を使いましたが、教育においての「振り」つまりは「問い」はけっして「無茶」ではないのです。そしてその「問い」を解決する経験を通して(「問い」に対する答えは決して一つとは限らない)、子供たちは、いや、大人である教師自身も成長していくのです。その意味でこの小説は主人公の成長を描いた小説でもあるし、作家自身の成長が描かれている小説であるとも言えます。
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