連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第二十九話 梅雨の終わり
五月雨祭が終わったのと同時に梅雨の季節が終わり、じわじわと暑さが増している。
変わったことといえば、関谷に対するアウティングをした百合には教育委員会から学校内謹慎が言い渡され、見かけることは減ってしまった。
しかし、そんなことは誰も気にすることなく、昼休みの教室では教科書やノートを使って風をおこし、エアコンからの風を待ちかねている。
「くっそ暑いのにエアコンまだってあり得ねえだろ」
汗を懸命にシャツの袖で拭うクラスメイト。
「その気持ちはわかるけどさ、うちの学校は七月にならないとつかないよ」
教室の黒板に書かれているエアコン開始日を指差す滝川。
水標中は節電に敏感らしく毎年、七月にならないとエアコンがつかない。
そんな茹だるような暑さのなか
「号外!号外!」
廊下にひときわ大きな声が響いている。
二人で顔を見合わせ、廊下を覗いてみると
「水標新聞です!今回の目玉はサッカー部の県大会優勝!」
三つ編みをした生徒が大量の新聞を片手に廊下を行き来する生徒に配りまくっている。
「誰だっけ、あの子」
目を凝らしながら見つめる滝川に
「確か、新聞部の榛名つかささん。たった二人しかいない新聞部のエース」
とクラスメイトは答える。
「二人しかいないのに、エースって・・・」
ツッコみながらも新聞をもらいに行き、手を差し出すと
「ありがとうございます!って生徒会役員の滝川さんじゃないですか」
パアッと嬉しそうな顔で新聞を渡す榛名。
「新聞部って毎月一回は発行してるけど、よく二人だけでできるよな・・・」
流し見するように新聞を読む滝川。
「それが、我が部の自慢です。
いつか、生徒会の皆さんの特集記事もやるかもしれないから、その時はよろしくね、滝川さん」
「へえ、その時は楽しみに待ってるよ」
頷きながら返事をする。
話が盛り上がるなか、星崎の姿が目に留まった。
「ほ、星崎会長!もしや、私に手を振ってくれてる!?」
榛名はもうぞっこんとばかりに星崎を見つめている。
「また始まった・・・」
頭を抱えてため息を一つつく滝川。
「滝川くん、今日生徒会あるから忘れないようにね」
軽く念押しすると同時に榛名に気づく。
「榛名さん、こんにちは」
「星崎会長!こんにちは!」
緊張からか少し声が上ずってしまう。
「そんな緊張しないで大丈夫だよ。いつも新聞読ませてもらってるけど面白いね」
ねぎらいの言葉をかけて立ち去る星崎。
それに満足したのかスキップしながら榛名は教室に戻っていく。
ーーーキーンコーンカーンコーンーーー
放課後になり、昼間と比べて風が心地よく吹き抜けている。
生徒会室には、予定よりも早く役員が全員揃う。
「みんな、お疲れさま。
今日の生徒会は九月末にある水標祭に向けて生徒会劇の内容を決めていきます」
立ち上がって前に出る星崎。
「あの・・・生徒会劇って今まではどんなことをやったんですか」
花森が静かに挙手する。
「去年は『男女逆転シンデレラ』をやったな」
滝川がスマホを取り出し、カメラロールから写真を見せる。
「え?シンデレラを関谷先輩がやったんですか!」
シンデレラの衣装を着ている関谷の写真に思わずギョッと関谷を見つめる。
「ああ、俺は嫌だって言ったんだけどな」
不機嫌そうに頬を膨らませる。
「そんなこと言いながら、名演だったじゃないか」
滝川が関谷の背中を軽くたたく。
「僕、やってみたいものがあるんですけど・・・」
花森が様子を伺いながら意見を出そうとする。
「なになに?」
興味津々に前のめりになる星崎。
「シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』です」
小さな声で自信なさげに言う花森。
「シェイクスピア?『ロミオとジュリエット』?
何だ、それ」
首を傾げる関谷に
「有名なのに知らないの?信じられない・・・」
あまりの無知さに呆れる星崎。
「関谷先輩って勉強はからっきしですからね・・・。
シェイクスピアは世界的に有名な劇作家の一人で代表的な作品として『ロミオとジュリエット』があります」
簡潔に説明してくれたのは生徒会会計を務めている月城翠(つきしろみどり)。
さらに
「『ロミオとジュリエット』は悲劇と言われながらも世界三大悲劇には入らない作品なんだよね。
まあ、簡単にいうと家柄の違う二人が恋に落ちるんだけど周りからは大反対。
それでもお互い諦められなくて、なんとか方法を考えたんだけど、それがあまりにも悲しい結末なの」
補足として星崎がホワイトボードにストーリーをまとめて書いていく。
「そんなのあるんだな」
二人からの説明を聞いてもピンとくる気配のない関谷。
「本当、今思ってもどうして関谷が副会長に選ばれたのか謎だよ・・・」
呆れて笑うしかない滝川。
「とりあえず、花森さんの意見の『ロミオとジュリエット』書いておくね。他に何か意見あるかな」
ホワイトボードに書き込みながら尋ねる。
誰も手を挙げる様子もなく、静かになる。
「えっ、本当に僕の意見でいいんですか?」
急に心配になり、他のメンバーの顔を見る。
「いいと思います。ただ、五人でできるのかというのが懸念点ですが・・・」
月城が少し顔を曇らせる。
「それは、役を厳選するとかすればいけるんじゃねえか」
予想外に関谷が名案を出したので辺りがざわつく。
「明日には雨、いや台風でも来るんじゃないですか」花森のツッコミに星崎たちが激しく頷く。
「やる時はやるんだよ、俺は」
胸をはって答える。
「それじゃあ、今年の生徒会劇は『ロミオとジュリエット』に決まり!」
赤ペンで大きく丸を囲む星崎。
これが君を大きく揺るがすほどの出来事になるなんてこの時の僕たちは知るよしもなかった・・・。
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