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笹塚・幡ヶ谷・初台の個性を緑道でつなごう ーまちで仕掛ける人(ササハタハツ後編)ー

渋谷といえば、スクランブル交差点。そうイメージする人も多いけれど、それだけではない。原宿・表参道・代官山・恵比寿・広尾・代々木・千駄ヶ谷・上原・富ヶ谷・笹塚・幡ヶ谷・初台・本町、これぜんぶが渋谷区なんです。代官山はオシャレで恵比寿はビール……イメージが先行しているエリアもあるけれど、実際のまちでは何が起きているのか? まちに深く関わり、まちの変化をつくろうとしているローカルヒーローに話を聞いて、まちの素顔に迫ります。
 
今回は、ササハタハツの後編をお届け。渋谷区の中でも住民人口の多いエリア、笹塚・幡ヶ谷・初台は各地域の頭文字をとって『ササハタハツ』と呼ばれています。デザイナーの小田雄太さん、笹塚ボウルの財津宜史さん、幡ヶ谷でお店をオープンした『キッチンかねじょう』の上松晃大さんと『will o' wisp』の光安北斗さんに集まってもらい、代表理事・金山淳吾が話を聞きました。

左から、金山淳吾・財津宜史さん・上松晃大さん・光安北斗さん・小田雄太さん・小池ひろよ(一般財団法人渋谷区観光協会事務局長)笹塚の情報発信地『笹塚ボウル』にて

>>前編の続き 

ササハタハツの魅力は、
「ワンコインで大丈夫感」と心地よい混じり合い

財津宜史(以下財津):金山さんの「ササハタハツは横の連携が密接」という話を聞いて思い出したことがあります。15年くらい前に笹塚にある店の仲間たちで「マップを作ろう」と盛り上がって、20店舗くらい集まってマップを作ったんです。それまでは店同士の仲がいいわけじゃなかったから、週1回で集まってどんなマップにするのか話し合いをして、そうすると、まず店同士が仲良くなって店主がエリアを回遊しはじめたんです。

ずっと「自分の店のお客さんのことだけ考える」という雰囲気だったのに、マップ作りが始まってからは「あの店いいよ」と自店舗のお客さんに他店舗を紹介しはじめて、お客さんもエリアを回遊しはじめた。そのうち街コンも始まって、自然に店同士・お客さん同士が仲良くなってコミュニティが生まれていった。笹塚には、自然発生したコミュニティがあるんです。今の幡ヶ谷は、その時の笹塚と同じことが起きはじめていると思うな。

小田雄太(以下小田):あくまで個人的になんですけど、「僕の店はオシャレです」という雰囲気を出されると引いちゃうんです。「うちは、こだわっているんで」と、妙にハードルを上げているお店があるでしょう? その点、このエリアの店は押し付けがましくない。肩肘はらずに、店主のスタイルがそのまま出ていると思う。
 
財津:上松さんの『キッチンかねじょう』と、光安さんの『will o' wisp』って、ハードル高めじゃない?(笑)
 
小田:いや、このエリア全体的に「ワンコインあればいい」感じがあるからいい。まち全体が、ある種の雑多な雰囲気を出しているから、お二人の店も入りやすい。まちが洗練されすぎちゃうと、恵比寿や代官山のような客層と雰囲気になってしまう。
 
財津:そうだね。ササハタハツがこのまちの雰囲気を残していくために、どうするか……。
 
金山淳吾(以下金山):たとえば恵比寿や代官山で飲むとしたら、まあまあのお金が必要になりそうですよね。では、笹塚・幡ヶ谷だったら、いくらあれば満喫できるんだろう?
 
上松晃大(以下上松):例えば、焼き鳥・もつ焼きで軽く飲んで3,000円、2軒目でつまみとワインで3,000円、3軒目はドリンクを楽しんで3,000円、1万円あれば楽しめると思う。うち(キッチンかねじょう)は1杯1,000円のワインもあるけれど、ワインを楽しむ店として来てもらってもいいし。
 
光安北斗(以下光安):僕の店(will o' wisp)の近くには、您好という中華の名店があるんです。「軽く飲みでもいいですか?」と入ってくるお客さんに1軒目はどこに行ったか聞くと、您好さんの確率が高い。もちろんそういうお客さんが嫌じゃないし、特殊な1軒目〜2軒目のルートがあるのはいいなと思ってます。
 
小田:幡ヶ谷のお店は、人を誘いやすいんです。例えば、六本木で「3軒行きましょう」と言うよりも、幡ヶ谷で3軒行こうと言うほうが誘いやすい。さっき上松さんが「ローカルの口コミ力がすごい」と言っていたのも納得で、友だちを誘いやすいんだよね。

「幡ヶ谷はこんなまち!」の渦に、みんなを巻き込もう

金山:ササハタハツの緑道再整備が始まっていて(※)、渋谷区はニューヨークのハイライン(※)のような緑道にしたいと言っている。実現すると、外からたくさんの人が来ると思う。この計画に対して思うことはある?

一般財団法人渋谷区観光協会代表理事 金山淳吾

安光:僕はニューヨークにいたことがあってハイラインを知っているので、個人的には良いことだと思っています。ただ、緑道を再整備することで下町感が失われていくのは寂しい。再整備が終わるまでに、もっと団結しておきたい。飲食店同士はもちろん、まちに関わっている人々もみんなで。

上松:僕はフランスを回った時に、「フランスと幡ヶ谷って変わらないかも」と思った(笑)。パリの各地区ってそれぞれに独特の雰囲気を持っていて、勝手に連帯している感じがある。 幡ヶ谷にも、雑多な飲み屋街、こだわりのワインを出す店、最後に行くバーなどお店にもレイヤーがある。それぞれのレイヤーがゆるく重なりつつ団結して、「幡ヶ谷はこういうまちだ。店に来たらこう振る舞って」と強い思いを持っておくといいと思う。その思いに参加するというテンションの人たちが入ってくると、お互いに良いことが起こりそう。

金山:僕もスペインのサン・セバスチャン(※)に行ったことがあるのだけど、まるっとひっくるめてカルチャーができているよね。ただ、たくさんの店があるからまとまっているわけじゃなくて、あのまちの人たちは、仕事終わりに必ず4軒くらい、まちの飲食店に寄ってから帰宅する。家で夜ごはんを食べないのが、サン・セバスチャンの生活様式になっていて。外から来る人も「サン・セバスチャンのスタイルってかっこいい!」というテンションでやって来るから、旅行者もそのスタイルの渦に巻き込まれていく。

幡ヶ谷も、渦を新しくつくるんじゃなくて、まちの中核はこれで、飲み屋の雰囲気はこうしたいんだってことを外にメッセージを伝えて、いろんな人が賛同してくれるようになるといいと思いますね。

※⽟川上⽔旧⽔路緑道の再整備
⽟川上⽔を暗渠化した上部の遊歩道状都市公園整備から30年が経ち、施設の老朽化に伴って再整備が進んでいる。渋谷区はこの再整備を「緑豊かな都市景観の形成」「国際観光都市としての施設の充実」「地域のにぎわい創出」に繋がるプロジェクトとしている

※ハイライン
ニューヨーク市の線状公園で、廃止された鉄道の高架部分に整備された。豊かな植栽と建造物が融合した公園で観光名所になっている。インスタレーションが行われるなど、アート活動の場でもある

※サン・セバスチャン
スペイン北部のバスク地方にあるまち。星付きレストランが点在しており「世界屈指の美食のまち」として知られる 

『キッチンかねじょう』上松晃大さん

笹塚・幡ヶ谷・初台はそれぞれに違う。
「幡ヶ谷は裸で歩けるまちだ!」

金山:笹塚・幡ヶ谷・初台の頭文字をとってササハタハツと、エリアをまとめて表現しているよね。でも、実際はそれぞれにコミュニティが違うのではないか? と感じていて。まとめて表現されることの違和感はある?

財津:ササハタ(笹塚・幡ヶ谷)は兄弟という感じ。ハツ(初台)が入ってうまくまとめられちゃった感じはあるけれど、僕は慣れてきたかな。ただ、実際は笹塚・幡ヶ谷・初台は全く違う特徴がありますね。

金山:特に、初台は空気も景色もまちが映し出す雰囲気や色もちょっと違うと感じていて。僕の中では、笹塚と幡ヶ谷はどことなく似ていて、最近は幡ヶ谷にオシャレな場所が集中してきているという印象かな。それぞれがまちとしての個性を磨くことで、新しいものが見えてきているのがいいよね。一方で、いい意味でのライバル関係のようなものはあるのだろうか?

小田:混ざり合わない部分は少なからずどこのまちにもあるとは思うので、ある種のライバル関係はいい意味でもあればいい。緑道を基点に笹塚・幡ヶ谷・初台で遊んでもらえば良いんじゃないかな。

デザイナー 小田雄太さん

金山:幡ヶ谷のスタイル、いま起きていることは分かってきたんだけど、笹塚はどうだろう? 笹塚のコミュニティやポテンシャルについて、4人はどう思う?

上松:僕は学生の頃は、幡ヶ谷よりも笹塚にいるほうが多かった。笹塚は今も少しずつ店舗が増えていて、お店のあるエリアが固まっているイメージがあります。

光安:個人的には、笹塚にはすごく確立されたイメージを持っています。まちとして入り込む余地が無いというか……幡ヶ谷にある、良い意味での隙のようなものがない。僕は恵比寿や代官山にあまり詳しくはないのですが、笹塚と恵比寿・代官山は似ている感覚があります。幡ヶ谷はTシャツと短パンで歩けるけど、笹塚・恵比寿・代官山はドレスコードがある感じ。

財津:えー! 僕は、笹塚は裸でも歩けるまちだと思う(笑)。逆に幡ヶ谷のほうが、オシャレして歩かないといけないまちになっている気がするなぁ。

笹塚ボウル 財津宜史さん

小田:笹塚は観音通り商店街と十号通り商店街があって、十号通りのほうに若い人たちが入り込んで、少しずつ再生しています。一方で、駅周辺は再開発されて商業施設ができている。笹塚の中でも、それぞれに感じる雰囲気が変わるんだと思います。

これからは、笹塚の再開発であふれた人たちと幡ヶ谷の人たちの空気が、うまい具合に混ざり合うといいなと思いますね。

金山:渋谷駅周辺と奥渋谷(※)のような関係性になったら面白いね。奥渋谷には「渋谷駅周辺は立派なビルが建ってしまって合わないな」と思う人たちが流れて、いろんな店をオープンしている。今の奥渋谷は、カルチャーがキーワードになっていると思う。笹塚って、下町感があるよね。下町感を持ったまま、新しい店が増えているのだろうか。

小田:よく分からない人が増えていますね(笑)。僕は、よく分からない人が増えているのは良いことだと思っています。転売屋の巣窟みたいな場所もあれば(笑)、一方で若い人たちが新しい不動産事業を始めていたりするんです。

笹塚・幡ヶ谷・初台は、経済合理性に組み込まれない仕組みで、まちのバランスが取れるといいなと思いますね。「ササハタハツは幡ヶ谷の◯○に行けばOK」だと幡ヶ谷に集中しちゃうから、それぞれのレイヤーに目的を持ったプレイヤーがいて、各々のスタイルで楽しめるまちになるといい。「これをするなら笹塚、あの人に会うなら幡ヶ谷、あれなら初台」というふうに、3エリアを回るからできることがあるまち。うまく棲み分けをして、3エリアを緑道が繋ぐという感じになると良いな。

金山:いまは多様性が大事と言うけれど、ダイバーシティとバラエティの差がポイントなると思うんです。例えば、お菓子は「ダイバーシティパック」じゃなくて「バラエティパック」と言う。なぜバラエティかというと、おかきもチョコも入れて、とりあえず何でもいいからお得なパックにする。
まちで言えば、フランチャイズの店をパズルのピースのように埋めていくとバラエティパック的まちになる。バラエティパック的まちは、安いから飲みにいく、便利だから買いに行くといった感じで、コミュニケーションが希薄なつながりになる。

一方で、ダイバーシティは関係性が大切。生物多様性でいうと、生態系ピラミッドの下から上まで互いに関係しあい、支え合いながら生きている。まちで言うと、人間味のある選ばれ方があるまち。渋谷区全体として、「人間味のある多様性」という文脈で語られるようなモデルシティになっていくと良いなと思います。

※奥渋谷
センター街を抜けて先、東急本店から井の頭通りの間にある神山町・宇田川町・富ヶ谷あたりのこと。渋谷駅周辺の賑わいと比較して落ち着いた飲食店や店舗が多く「大人の渋谷」と言われる

つながり・混じり合う、ササハタハツは”本当の”連帯感あるまちを目指す

金山:最後に、4人が考える「まちのキーワード」を聞かせてください。

財津:「幡ヶ谷についていきたい」ですね。以前は、笹塚のほうが大きくて人気だった。変な意味ではなく、笹塚の弟が幡ヶ谷だった感じがあります。でも今は幡ヶ谷をぐっと持ち上げて、笹塚はおこぼれをもらっていく感覚があるんです。

上松:スタイルバルで飲み歩けるまち」。今も、店や人とワインで繋がっているし、近所のお店同士で人の行き来があります。その繋がりを、まちとして体系立てていくと面白いと思う。いずれ、飲み歩きイベントをやりたいですね。

光安:「交錯する街」。年代もお店も人も混じり合って、何でもアリという感じになると良いと思います。「この店ならこういう楽しみ方」というのが様々な場所で起きて、交錯していくと面白いですね。

『will o' wisp』光安北斗さん

小田:「ずっと遊べる街」。これはすごく大事だと思う。「昼も夜も深夜も遊べるまち」という感覚を持てると、住む場所になると思う。一過性ではなくて、ずっと遊べるまちになり続ける。ササハタハツはそうなってほしいと思います。

財津:TPT(ティーパーティ※)で面白い企画をやって、お店が集まって繋がることで、結果としてお客さんが混ざり合っていくといい。TPTは、そんなふうに繋げる企画を生み出せる団体になれたらと思っています。

小田:商店街って、もともとは個人と行政の間にあるものだと思うんです。でも今は、その機能が失われてしまっている。TPTは個人と行政の間にいて、両方にアクセスできるような在り方を目指したい。そんな思いをもって活動しています。

金山:連帯することがとても大事なんですよね。小学生の時は運動会や文化祭があって、クラス単位で連帯感が生まれたんだけど、大人になると連帯することが非常に難しい。例えば、商店街という組織に属したら連帯感が生まれるかというとそうではなくて、おそらく形骸化しはじめているんじゃないかなぁと。
ササハタハツが連帯感を持ったまちづくりをして、「こんなカルチャーが生まれて、こんなスタイルが生まれた結果、人の流入という形で現実になって、良いまちになった」という事例になるといいなと期待しています。これからもこのまちのこと、一緒に色々と考えていきたいと思います。

※TPT(ティーパーティ):
2021年、笹塚・幡ヶ谷・初台の緑道の再整備計画『388FARM(ササハタハツファーム)』に、地域住民としてコミットするために立ち上げられたササハタハツの再開発プロジェクト。毎月第3火曜に緑道でお茶会を開催。これからの緑道に何が必要かを、エリアで暮らす・働いている人たちと一緒に考えている。https://t-p-t.org/

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