読書感想文が嫌いだった

昨今のChatGPTによる読書感想文のニュースを見て、小中と読書感想文がいちばん嫌いな宿題だったことを思い出しました。
読書感想文に限らず、作文全般が好きじゃなかった…
今でこそ文章を書くことはそんなに嫌いではありません。
当時なぜ嫌だったのかを考えてみました。

正解がないことを楽しめなかった

当時の私はいわゆる優等生で、「大人に褒められる正解探しっ子」でした。
自分の抱いた気持ちを表に出すことに自信なくて、「先生にウケそう、褒められそうな感想文」を捻り出すことを念頭に置いていました。
それを楽しんだりスルスル嘘がつけるわけでもないのに無理してやってたからっていうのがひとつ。

作文用紙への手書きがクソだるかった

いっぺん書いてから推敲したり構成直すような作業もデジタルなら楽ちん。
当時ワープロやパソコンも存在したものの、小学生や中学生が宿題に使うものでもなく、作文イコール作文用紙に手書きでした。
ダーッと書いてから修正したいタイプの自分にとって「作文用紙に手書きするのがクソだるいから」っていうのがもうひとつだったんだろうな〜と思います。
その辺の紙に適当に下書きしてから清書するみたいな発想もなく、最初からきちんとしたものを書かねばならん!!!みたいな意識もあったんでしょうね。
今思うと冗談みたいな理由ですが、手書きがだるかったのは絶対にあります。

正解探しをやめた要因

いまはさすがに「大人(他人)に褒められる正解探しっ子」な部分はかなり改善されて生きやすくなりました。
まあそもそも歳からいうと自分が大人ですからね……
加齢以外になにか改善の要因があったか考えてみたところ、「バンドや音楽をはじめとした創作活動をするようになった」というのが浮上してきました。
いい話ですね。
好きなことややりたいこと、思うことなどなどを形にしてアウトプットしても別に怒られないし、なんなら褒められることもあるという体験もしたからかもしれません。

だから、人の顔色うかがいがちマンは創作活動してみるといいかもしれませんね。という話でした。

おわり

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?