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毒母対応マニュアル

「お呼び出ししてすいません。でも、私達もどうしたらいいんだろうと困ってまして……」

20代後半ぐらいだろうか。看護師は口をぎゅっとかみしめ、私に頭を下げた。
いえいえ、むしろこちらが事前に説明をしておかなかったので、とわたしも看護師に声をかけ、お互い大変ですね、とねぎらった。

父が入院している病院では、退院後の患者サポートプランづくりに力をいれている。そのためには、今どんな生活を送っているのか、どんな食生活をしているのかを把握したいというのが、看護師の目的だった。

その看護師の、どこに母は機嫌を損ねたのだろうか。看護師が今の生活状況を知りたいといっても、「主人の世話は、わたしががんばってるんです」の一点張り。父の病状から訪問看護を導入したほうがいい、と話しても「うちにはそんなものはいりません」。極めつけには、「看護師さんじゃなくて、いつも見てもらっている先生(外来の医師)に見てもらうから、(アドバイスは)いりません」と突っぱねた、と。

ケアプランを作るのは医師の仕事ではない。看護師は看護師の仕事を。医師も入院時の担当医は外来の担当医と違う。そうすることで、ある意味ワークシェアリングをしているのだが、それを母は全否定したようだ。

「うちは、外来の○○先生に見てもらってるんですよ。(入院で回ってくる)先生や、看護師のアドバイスなんて別にいりません」と、啖呵をきった母。そのため、看護師は困り果ててわたしに電話をしてきたわけだ。

ああ、またやってるよ、この母は。
わたしは電話をしながらも、がっくりと肩を落としてしまった。

伝授しよう、母対応マニュアルを

毒親である母は、自分にとって都合の悪いことはきかない。自分の意見を聞いてほしいと声を大きくして騒ぐ。「うちは特別なんだ」というプライドが高い。それは自信のなさからの裏返しでもあり、人を見下すことにもつながっている。この人に対して「何かをしてもらう/させる」ということは至難のわざだが、コツはある。

まずひとつ目。
母に話す前に、自分自身でゴールを設定すること。
今回は「母に、看護師からの質問に答えさせる」ということが目的。母をしかってしまったり、行動をたしなめることをいってしまうと、母の「質問に答える」態度は一気に失われる。だから、わたしが母に話すとき、何かを説得するとき、自律心を保ったまま応対をしなければならない。そのときに「ゴールを明確にすること」は行動の判断基準になる。

ゴールに達成するために必要なのが、2つ目。
母をひたすら褒める。
「うんうん、そうですねーそうですねー」のあいづち。
「お母さん、えらいですね。いつも頑張ってますね」
「お母さんのおかげですね」
「お母さんを攻めているのではないのです」
を繰り返し、5分ほど続ける。

そうすることで、母は「自分のことを認めてくれる」と思い、素直に聞くようになる。

そして、極めつけのその3。
「お母さんのことが心配なんです」の殺し文句
父が自立できないということは、自動的に同居している母への負担になる。
母は「わたしががんばれば大丈夫なのだ」と言い張るところを「そうするとお母さんが倒れてしまいますよ。それが心配なんです」と伝え、母が「ああ、わたしって大切にされてるのね(うっとり)」と思う。そうすると、今までの頑なな態度が弱まり「そうね、そうすることっていいかもね」と他者からのアイデアを受け入れる。

わたしは母の気難しさと合わせて、この3ポイントを看護師に伝授した。看護師は「がんばってみます」と泣きそうになりながらも答えた。

後日看護師から電話があった。「お母様から、現状をある程度きくことができました。お父様の退院後プランに関してある程度の見込みがたったので、そのことについてお母様と一緒にお話させていただけないでしょうか?」

どうやら、ミッション成功。

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