立派に認知症
「立派な認知症だねぇ、これは」
初診でみるなりに言われる言葉とは思えなかったが、やっぱりね、という気持ちのほうが強かったわたしは、この言葉を聞いてもすごく冷静だったと思う。
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父の新しい血糖値コントロールの方法がきまり、退院の目処がたったのは、入院してから2週間後。当初の退院予定日の1週間をすでにすぎていた。この間、父のカロリーコントロールは無事にできていたのはよいことだと思っていた。だが、静かに進行していたのが、認知症。
入院途中から、頻繁に同じ話を繰り返す、間違ったことを話す、などの症状が増えた。刺激がないからだろう、と好きな本を持っていっても読む気力はなくなっていった。
その状態で退院。そして、退院数日後に、認知症の病院へ向かった。
担当の医師は父の姿をみるなり、あらあら、と言った後つぶやいたのが、冒頭の言葉だ。
検査は一応するけどね、と医師は言ったが、どうやら父の視線の追い方をみて典型的な認知症と判断したらしい。
初回の診察なので、今日は検査はできないんですが、と念をおしつつ、医者は続けた。
認知症を根本的に治す薬はありません。
今できるのは、徘徊や記憶違い、衝動的に起こる行動を抑える薬を投与することのみです。
お父様の場合、認知症に影響を与えているのは糖尿病。特に高血糖によってもたらされています。だから、今は血糖値のコントロールをできることが最大の薬です。
血糖値のコントロールという言葉を医師が吐いた途端、母が逆上した。
もう、ずっとお父さんのためにあれやこれややってるのに、この人はすききらいが激しくて食べない! それなのに、これ以上どうやって血糖値をコントロールしろというんですか!
母は血糖値コントロールができないことを自分のせいだと言われたと勝手に解釈したようだ。
だが、医師は慣れたものだ。母のキレ態度に反応せず、「お母さんがそんなにキャンキャンさわいだら、よくなるものも良くならないよ」と、言った。
母は顔を真っ赤にして、もっと何かをいいそうになったが、すかさず医師は続けた。「認知症患者は介護する側にどうしても負担がいくので、介護家族のケアも考慮したケアプランをケアマネジャーやソーシャルワーカーと作ってください」。そして、病院所属のソーシャルワーカーへさっとバトンを渡し、母の爆発を抑えこんだ。
後日、CTスキャンを受けた父は脳の萎縮、脳室の拡大があるため、認知症と正式に診断された。
投薬はしばらくはない。そのかわり、認知症をかかえながらどう暮らして行くか、がケアの中心になるようだ。
一方で、そのケアの中心である母は「わたし、あの医者嫌い」と決め込んだ。それが後ほど大きな問題になるのだが…。
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