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太陽が住まう家

このくそ暑い日に例の花火の婆ちゃんが「コンビニへ連れて行け。」と言う。「死んじゃうからダメ。」と言いつつ「買って来て欲しいものをここに書いておいて。」とメモを渡す。

しかし、そのメモをパシッ!とはじき、「じゃあ、3階に連れてって!他の階も観てみたい!」と言う。

仕方がないので片手に薬のワゴン、片手に彼女の車いすを押しつつエレベーターに乗り三階へ。

我らが巣食う医務室をぐるりと見学させるかのように車椅子を一周させ、そのまま3階の食堂の方へ押して行った。3階の人々の本日の食事摂取量や水分摂取量、及び便秘の有無をチェックするためだ。

うちの場合は、これら全てが一枚の版で読み取れるようになっている。とある介護職員が私のような者のために一目で全てが分かるような書式を作ってくれた。

意味が分からないまでも、真剣に一緒に覗き込んでいるお婆ちゃんが無口になった。

はい、次。

昨日、唇にデキモノが出来て、ヘルペス疑いの人の顔を見に行く。たまたまテーブルについていらしたので、連れて来た車椅子婆ちゃんに「しばし、ここでお茶して行けば?」と訊くと「うん、そうする!ここ、日当たり良いね。」と上機嫌。

他の仕事をしつつも心配になってちらちら覗いたが、見る度に談話して楽しそうな様子だった。

何だか、毎日忙しくて、それに引き換え、病状が落ち着いている人たちは退屈している。

何も楽しませてあげられていないという罪悪感もあり、自分にイライラしているのだが、「そうか」と気づく。

仕事しながらでも、その瞳に映る景色を変えてあげることが出来るじゃない。

見慣れない職員を観て「はじめまして」と喜んでいたり、職員の方も「あれ!?一階のKさんじゃないの!」と盛り上がっている。

そう言えば、3階には誰も引かないピアノが置いてあることを思い出して、インドネシア出身の男の子に「何か弾いて!」とお願いしてみる。以前、一緒に飲みに行った時ギターの演奏と歌が上手だったからだ。

「いやあ、僕は、ギターしか弾けません。」

あ、そうかあ、分かった~、残念!と返事をし終わるのと同時に、彼が「じゃ、チャレンジしてみます!」と言って弾き出した。弾くんかい。

kiroroの「未来へ」をいとも容易く弾き出したし、歌も上手。そこへ、女性職員も一緒に歌い出した。

入浴係だった子も、フロアにあがって来るなり「???」と立ち止まったが、すぐさま、こちらに走って来て歌い出す。何だかフラッシュモブみたいだなあ。

場内、異常な盛り上がり。

高齢者の方々なんて、この歌を知らないだろうに、一緒に手拍子をしてくれて、本当に可愛かった。

ほんの小さな一言から始まった別フロアへのお散歩だったが、お婆ちゃん自身も、周りの高齢者も職員も、皆で楽しいひと時を過ごすことが出来た。

普段は無口でシャイなピアノ弾きも、拍手喝采を浴び、「もっと練習して来ます♪」と、顔いっぱいに笑みを広げていた。3階の天窓から差し込む光がその面々を照らしていた。

音楽って素晴らしい。

そして、世の中の”ちょっとしたお願い”が言える人って、もっと素晴らしい。何せ、それがきっかけで、周りをも幸せにするのだから。

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