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注射針と弾丸

前々から分かっているスケジュールに加え、前日にも新たなスケジュールがぶち込まれ、ナース陣も介護も大変な一日が予想された。

ナースの仕事については、最近思うところがあって、「その日の人数で出来る限り頑張ってくれ。」という思いがあった。

それは、人数を多く配置しても人の陰口を言っていたり、不平不満で時間を潰す人が居るからだった。暇になると他課の若い子に絡んで虐めていたりとか。

これ、言及しても「そんなつもりはないんです。あれは・・・」と延々と言い訳が続くばかりなので、あまり意味がない。幼少期の頃から人に何か言われると「違うの!違うの!違うの!」というタイプの人間がいる。

何が違うのかなあ?と思って最後まで我慢強く聴いてみたところで、結局「違わないじゃないか!」ということになるので、時間の無駄。

それはさておき、自分は明日お休み!ということでウキウキしていたのだ。ゆっくりおうちで過ごせる♪と。

しかし、昨日の帰り際、山積みになった仕事の書類をじっと見つめていて思ったのだ。

「これ・・・、無理だな。明日のメンバーだけではきつい。」と。

そうすると結局顧客である高齢者の方々に迷惑かけちゃうので昼頃から出勤して手伝おうかな?と思っていた。

ところが午前中に、配置医の先生からラインが入る。「今からワクチン打ちに行っても良いかなあ?」と。

本当は来週火曜日に打つと聞いて準備をしていた。しかも、打った後のご状態観察にも骨が折れる。ただでさえ、ギリで生きている人たちに打つのは毎回ドキドキで、ワクチン開始になった1年前から神経をすり減らし続けている。

断りたいところだったが、もう新たな波も押し寄せていることだし、腹をくくらなくては。

先生の問いかけに快諾して施設へ着き、本来手伝うはずだったナース陣たちに「ワクチン接種を一人でやるから、そちらは手伝えない。ごめんなさい。」と告げる。

急なことで準備をしていないから、お風呂に入っている人、居室に居る人、食堂に居る人とか、とにかく皆さんどこにいるのか分からない。先生と二人、右往左往。現場の介護職に説明しながら打ち続けた。

汗だく。

一人一人に「長生きしてね。お熱が出るかも知れない。でも、長生きしてね。」と声掛けしながら、間違いがないように一本一本打ちながら記録し、進んで行った。汗だく。足が棒のようだ。緊張のせいか腰も痛くなって来た。

今日打てたのは18人。たったの18人なのに心身ともにボロボロだった。もっと気軽に打って良いものなのかも知れない。でも、そうはいかない。皆、皆、大切な人たちだから。

長生きしてね。長生きしてね。

その時、食堂で流れているテレビニュースの大騒ぎ。

銃撃?!

物品を片付けている間、そして一人一人の記録を書いている間、そのニュースは延々と実況されていた。

そして、夕方、とうとう、一つの命が失われた。

仕事の手を止めるわけにはいかない。でも、キーを叩く指が震えた。自宅に居たら泣いていたかも知れない。

これは今日始まったことじゃない。分かっている。たまたま有名で多くに親しみを持たれている人だったというだけで、こんなことは毎日起こっている。分かっている。

毎日、世界中のどこかで誰かがこんな目に遭っている。分かっていることだ。

人一人を救うのにこんなになっているのに。人一人に生きて貰うために、気が遠くなるほどの算段で日々精一杯なのに。毎日こんなことが起こっている。

今日はそれを分かりやすく思い知らされただけ。

人は皆 一生懸命生きているから、誰もが大切に看取られていかなければならないんだ。

それが理解されない悲しみや暗闇を知っている。

けれども、良くも悪くも私には、その悲しみや暗闇に飲まれて手を止めるほどの弱さは、今や無い。倒れようにも、倒れられないほど暗闇でも走れる筋肉が付き過ぎた。

失望と同じくらいのウエイトで、喜びも悲しみも幸福も受け止めながら、やっぱり願い続け、守り続けて行きたい。

他人も自分も、何人たりとも殺してはならない。

生きることも生かすことも大変だ。

人は生きているだけで精一杯。だから、最期は、何人たりとも大切に大切に看取られて行かなければならないんだ。

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