空気が変わったわけ
主に入浴係の担当をしている女の子が、もう5日以上休んでいる。
ここの浴室は医務室の左斜め前に位置していて、入浴中、入浴前後の高齢者と介護士の会話が一日中聞こえて来るのだが、あのいつもの明るい声が聞こえないことに違和感を覚えて気が付いた。
Oさんはどうしましたか?と訊いてみると、何やら事故にあって肋骨をやっちゃったらしく、しばらくはドクターストップとのこと。
冒頭に入浴係の女の子と表現をしたのだが、女の子ではなかった。
『大丈夫かな?彼女、シングルマザーで4歳の子を一人で育てているのよ。』
え?そうなの?ママさんなの?
他の介護さんとは一線を画していて、何となく業務制限がかかっていて、いつも主に入浴場。若いからだろう、あるいは介護福祉士の資格がまだだからか?
それは半分あたっていたのだけど、あとの半分ははずれていて、どうやら逞しいワーキングマザーだったのだ。
彼女が居る日の入浴場は大きな笑い声と冗談の飛ばし合いが絶えない。利用者さんたちが楽しんでいるし、業務自体も進んでいて「明日予定の人まで今日入って貰えます!」という状態になる。
彼女が居ない日は、朝の定刻にお湯も溜まっていない。
担当が職員が心に余裕がないのか、スタッフに怒号するものが居たり、利用者さんも「入らない!」と入浴拒否したりで、ガタガタ&デコボコ。まあ、進まない。その不穏な空気が医務室にまで伝搬して来る。
そうそう、どこでもそうだと思うが、余裕やスキルが無い人ほどすぐ怒鳴るしキレるのだ。すぐ苦しくなっちゃうからね。でも、思い通りにしたいというプライドは一端にあるからね。
利用者さんたちには、そんなプライド、邪魔でしかないんだが。
Oが長期休暇に入ったことを話してくれた若い子も、これまた若い子ではなかった。何と、40後半で子供3人を育てていて一番上が大学生。これまたシングルマザーだというではないか。
先のOさんのことを『へー、もっと若い人かと思っていた。しっかりしていて偉いなーと思っていたけど、ママさんだったんだね。』と私が言ったもんだから、この彼女も「私だって」とご自身のことをケラケラ笑いながら喋ってくれたのだ。
余裕のない女の怒号が飛び交う殺伐とした入浴場。そこから聞こえて来る声を聴きながら『あれ、何とかしてあげて下さい。』とお願いしたところ、この人が参入し、そこからは徐々に空気が変わり笑い声が響いていた。
場所だの部署だのは、人によって空気や業務の進行度が大きく変わる。が、うまく進めることが出来ない人ほどその理由を高齢者や仕事の相棒のせいにするものだ。
これは二人の女神に学んだこと。
そんな折、先輩ナースが『私ってうるさく言うから皆に怖がられているの。』と得意げに言うのだが。
それは怖がられているわけでもなく、ただ面倒臭がられているだけだったりする。でも、言わない。その後始末に時間を取られて面倒臭いから。
ただでさえ辛い仕事。願わくば先の彼女たちのように全てを横に置き、笑って仕事をしたいから。
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