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吸血鬼考(2)

ジョン・L・フリン『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』(フィルムアート社)という本を読んでいます。

トーマス・エジソンが映写機なるものを発明してから間もない1896年の『悪魔の館』から、1992年『ブラム・ストーカーズ・ドラキュラ』(コッポラ監督)に至る吸血鬼映画を集めた逸品。日本では95年に発売、いまや古書だからタダ同然で手に入る。
日本語の書名〝B級〝やアメコミみたいな装丁で、一見フザケた本みたいだが、書いてあることは極めて真面目。
ジョン・L・フリンは吸血鬼を、次のように定義する(私の補足も含みます)。

1、産業主義・科学的合理主義の時代(現代)におけるロマンティックな理想。ドラキュラの古臭い方法で、新秩序に挑戦。
※ドラキュラ伯爵とは、いわばアンシャン・レジームである。で、旧世界から産業革命を成し遂げたロンドンにやってきた伯爵は、科学に通じたヴァン・ヘルシング教授やジャック・セワード医師から手酷いしっぺ返しを受ける。それはあたかもサタンやアブラハムの最初の妻リリスが、神の秩序に挑戦して罰されたが如くである。

https://youtu.be/o_N-H_5Pvu8

2、ロマン主義・不死・性的関心・攻撃性・力の象徴
旧世界の神秘的な性的魅力が、ミナやルーシーら新世界・上層階級の女性たちを魅了。ルーシー・ウェステンラとは「西洋の光」という意味であり、それを〝遅れた〝東方が犯し支配する。ここにひとつのカタルシスが生まれる。
同時に伯爵は「見知らぬ土地にやって来た、よそ者」(文学博士ジェームズ・トゥイッチェルの論文)。当然迫害を受けるが、それでも彼は新しい秩序やテクノロジーの狭間でオドオドしない。損失ダメージ覚悟で、断固として己の欲求を満たしていく。
これぞ男らしさ・任俠道の鑑であり、我々は秘かに、そんな伯爵に賞賛を送る。
◆すこぶる性的の。ほとんど3P、いや4Pか。

https://youtu.be/nOOabu5xKOw

3、「血」の意味
ドラキュラ伯爵は血を飲みあるいは操作することで、ルーシー(やミナ)、レンフィールドを支配した。血とは古代から命の象徴とされ、また、キリスト=イエスは自身の処刑で流した血を信徒に分け与え、罪の贖いの象徴とする。
礼拝時「これはキリストの血です」と赤ワインを与えられるのは、イエスの血という意味である。

4、亡くなった、愛する者と再び結ばれたいという願い
今は亡き両親や伴侶、あるいは恋人と、もう一度会いたいと願わぬ人があるだろうか。いったん死ぬも(噛まれたことによる)再生は、そんな願いを成就させる。
ルーシーの求婚者、アーサー・ホルムウッドはだから、ルーシーが蘇ったとき彼女に近づいてゆく。

https://youtu.be/8rlohOLUi9k

ただ、蘇ったルーシーはもはやこの世の者ではない。神はラザロを蘇らせたが、神によらぬ甦りは何につけ、異常な者となっている。
キリスト教は主イエスがこの世の終わりに再臨し、過去すべての人を甦らせ、最後の審判で裁くとする(ヨハネの黙示録ほか)。ただ、愛する者を失った人が「もう一度会いたい」と切望するのは、例えそれが化け物であろうとも、共感できる。
※ジェイコブス『猿の手』、スティーヴン・キング『ペット・セマタリー』など。映画『ラザロ・エフェクト』もそうでしたね。

と、このように本書はすこぶる真っ当。

さて宝塚も吸血鬼モノを散々やっている。『蒼いくちづけ』や紫吹りかちゃんのアレ。
ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』をガチでやってはどうか。

上記ジョン・L・フリンの論考を踏まえ、古色蒼然たるゴシックロマンス。コッポラ監督のはゲイリー・オールドマンとウィノナ・ライダーのラブロマンスにしちゃった(!)からその体でも良いし、原作どおりにジョナサン・ハーカーとミナ・マリー ー ジョナサンと結婚してミナ・ハーカー ー のカップルをフィーチャーしても良い。
ミナの親友ルーシー・ウェステンラにはジャック・セワードとアーサー・ホルムウッドという求婚者がいるし、ジャックは医師で学究肌・アーサーはアメリカの牧場主でワイルド系だから各々キャラも立つ。

また、揺れる女心もバッチリ。伯爵にいったん噛まれたミナは諸人が奴を殺そうとするところ

「でも伯爵ってそんなに悪い人かしら」

一同愕然。これぞ俺が再三攻撃しているDD論、悪しき相対主義、勧善懲悪を否定する低質なサブカル思考なのだが、しかし彼女はいったん噛まれている。
他の男に噛まれた女は常に言う。

「あなた(注、付き合ってる彼氏)のこと、もう好きかどうかが分かんない」

な? 君も覚えがあるだろう?

『シャーロック・ホームズ』『柳生忍法帖』と続いているアニメ系、ラノベ系テイストを一切排除して、宝塚は作るべき。
ほれ、柚希ちえちゃんが昔やった『ハプスブルクの宝剣』だったっけ。聖書の翻訳物語。一般には評判もひとつアレだったけど、あの正月公演でわたくし号泣いたしました。つまり、あのような清く正しく荘厳な実績があるから、きっと出来るはず。

ちえちゃんが在籍した星組だったら、キャスティングはどうしますかね。ブラムストーカーのは原作と違う、ドラキュラとミナの恋物語になんてしたくないから、

・ジョナサン(礼真琴)
・ミナ(舞空瞳)
・ドラキュラ伯爵(愛月ひかる)
・ヴァン・ヘルシング教授(天寿光希※)
・ジャック(大輝真琴)
・アーサー(漣レイラ)
・ルーシー(都優奈)
・レンフィールド(瀬央ゆりあ)

って感じスかね。
※天寿さんは老け役バッチリも、いくぶん朗らか柔らかなテイストがあるから戦闘には向かないかも。老け役なら美稀千種、そうでないならひろ香祐あたりを充てて。

こんなことを妄想しつつ・・・愛月さんの退団は残念である。

キャスティングは半ば冗談も、ジョン・L・フリンのような論考こそ、例えばドラキュラを舞台化するにあたって極めて重要な材料だと思う。
演劇とは「思想」なので。いかに軽めのテイストだろうと、奥にインテリジェンシィがないと作れない。

◆名優クリストファー・リーの伯爵

https://youtu.be/7KC1wSnyfqg

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