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PLANETS CLUB ESSAY

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2020年6月の記事一覧

名前 | 五十嵐ファヨン

私は自分の名前を初見で正しく呼ばれたことがない。 在日二世の両親は、自分たちが通名を使用してきたことで何か背徳感でもあったのか、子供たちを本名で日本社会へ送り出した。いわゆる通名を使わせてはくれなかった。 韓国名は日本常用漢字でも表記可能だが、読み方はハングルのそれで、そのまま漢字を音読み、訓読みしたところで、どうやったって私の名前にたどり着けるわけがなかった。 ごく普通の公立小学校に入学した私は、自分が何か違うと気づくのにそう大して時間はかからなかった。 父は小学校入学

原子を「見た」思い出から:科学実験の体験的な側面 | 山本康介

信じたいことの延長線上に、科学がないとき 今年のゴールデンウイークは、引きこもって(iPadの使用時間を見てぞっとするほど)ゲームや動画を楽しむ時間になった。Netflixのおすすめで、「ビハインド・ザ・カーブ―地球平面説―」を見たのがこの後の文章を書いてみるきっかけになった。これは1時間半ほどのドキュメンタリー映画で、地球が平面であるという説を提唱するコミュニティに密着したものだ。なぜその人たちは地球平面説を信じるようになったのかをインタビューで追いつつ、それに対する物理学

マイちゃんと僕 | 松田さん

マイちゃんは僕にとって、かなり特別なラッコだった。 きりりとした美しさと、ラッコ特有のやさしさを併せ持つその独特の雰囲気に惚れ込んでしまったのだ。 初めてマイちゃんに会ったのは2001年の夏。今は無き「よみうりランドラッコ館」でのことだ。強い日差しから逃れるようにラッコ館に入ると、そこは涼しげな青い世界が広がっていた。壁一面のアクリルガラスの向こう側には海水が満たされ、4頭のラッコたちは水槽の上をぷかぷかと浮かんでいた。 マイ、メイ、ソラ、リク。そう名付けられたラッコの中で、

散歩のススメ(緊急事態宣言下における) | サジ・ヤスカズ

 外出自粛期間真っ只中の5月3日、午前6時40分。GW中の朝早くとはいえ、普段よりも明らかに車の少ない県道74号を「水源地入り口」の信号で横切ると、一段高いところにもう1本、県道74号の旧道が通っている。その旧道を少し進み、切り通しの擁壁 に付けられた導入路へ。すると、送電線の鉄塔に向かう踏み跡が現れた。 道なき道に入る時は、いつも期待と迷いを抱えながら一歩目を踏み出す。伸び始めた夏草を踏み倒し、鉄塔の脇まで進んだところで、踏み跡は畑の脇の小道に変わっていった。左手には市内の

イエスマンになったらカツアゲされた | 加藤豪

 大学を卒業して2年が経った。大学入学を機に本州でも青森県に次いで最果ての秋田県、その中でも最果ての小さな町、その中でもさらに最果ての7割自分と同じ姓の表札がかかっている集落から上京した。最後に実家に帰ったのは大学を卒業する直前、ちょうど1年と数カ月前だろう。その時に高校の卒業アルバムを東京へ持ち帰った。決してあの頃を懐かしみ思い出に浸りノスタルジーな気分になりたいわけではない。もし僕があの頃の話に花を咲かせたい高校大好きっ子ちゃんであればとっくに地元で就職し、休みの日は車を