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白痴

"あかりをつけると奇妙に万年床の姿が見えず、留守中誰かが掃除をしたということも、誰かが這入ったことすらも例がないので訝りながら押入をあけると、積み重ねた蒲団の横に白痴の女がかくれていた。"1946年発刊の本書は敗戦間近の奇妙な同棲生活からニヒリズムが伝わる著者の代表作。

個人的には『堕落論』に続く2冊目として、観念的私小説ともいえる表題の『白痴』含む7編が収録された本書を手にとりました。

さて、そんな表題の『白痴』は敗戦直後に、戦時中の価値観を逆説的に解体することで、どこか【どん底からの前向きなメッセージを感じる】『堕落論』の後に書かれた作品として、戦争末期の【怒涛の時代に美が何物だい、芸術は無力だ!】といった全体主義的な重苦しい空気の中、情熱もなくただ生きている伊沢のもとへ、近所の白痴の女が逃げ込んでくることから奇妙な同棲生活が始まるわけですが。

韻を踏んで【流れていくようなテキストこそ魅力的】とはいえ、タイトル含めて今だと差別的な表現として【問題になる言葉を多用した偽悪的な内容】は同時代ならともかく、現在においては賛否がわかれるのではないかと思いました。(このあたり、同じ無頼派でも普遍的に読める太宰治作品とは違った印象があります)

ただ、当時の戦後の荒廃した状況下、焼け野原の中から自分たちで立ち上がるしかなかった人々、空虚なスローガンに左右された事に疲れていたであろう人々にとって『白痴』の伊沢他の登場人物たちの姿は【自分たちを代弁してくれるような親近感があったのではないか?】とも想像する所もあり、読み終わった後に言語化はしにくいものの【何とも刺さり、残る感覚】がありました。

戦後文学を代表する一冊として、また流れるようなテキストに魅力を感じる人にもオススメ。

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