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消しゴム

"通りに出ると、ヴァラスは思わず小さな消しゴムを指でいじっていた。触っただけで安物と分かる(中略)親指で消しゴムの先をすこしこすってみる。自分が探していたものとはぜんぜん違う"1953年発刊の本書は著者デビュー作にしてミステリ形式をした『ヌーヴォー・ロマン』代表作。わずか24時間の"弾丸が発射されて被害者が死ぬまで"の物語。

個人的には、同じ著者の『覗くひと』を先に読み”とても不条理で”面白かったので、本書についても手にとりました。

さて、そんな本書は演劇的というか、オールドドラマだと『刑事コロンボ』の様な序章が冒頭から60ページ繰り広げられた上で"まだ若く整った顔だち"の特別捜査官ヴァラスが満を持して登場。名探偵よろしく地元警察も匙を投げた殺人事件の真相を丹念に(時折、消しゴムを買いつつ)探っていくも。。人々の曖昧な証言に振り回され続けて、結局として物語は図らずも『宿命的結末』を迎えてしまうのですが。

多分に人を選ぶ、クセがあり不条理な作品だと思うのですが。後年には映画監督としてもヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞といった功績を残した著者。若かりし時のデビュー作の本書でも映画にも共通する、しつこい位の【視覚的な客観描写】は既に健在で、カメラの様に視点が切り替わるような読書感覚は『映画好きな私』には心地よく、一方でピントが合わない(合わせない)様に外される感覚(意味のない反復)も実験映像的に楽しませていただきました。

また、そんな本書は【探偵役たちの的外れな推理が続く】不思議なミステリ小説としても、翻訳も素晴らしく単純に読み進めることができるのですが。当時一世を風靡していた"実存は本質に先立つ"と主張したサルトルや『ペスト』のカミュといった、あくまで人間の【ご都合主義優先で世界を捉えた実存主義に対する反抗として】本書が相当に準備して書かれ、発表後には『エクリチュールの零度』のロラン・バルトに大絶賛され反響を呼んだ。といった発表当時の背景も知っていると。一見【ただの無能にすら見える】ヴァラス他、登場人物たちの様子もより【意図されたユーモアとして楽しめるのではないか?】と思いました。

『ヌーヴォー・ロマン』代表作としてはもちろん、映像的、実験的な小説が好きな方や、一風変わったミステリ小説を探す方にもオススメ。

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