杳子・妻隠
"あたしはいつも境い目にいて、薄い膜みたいなの。薄い膜みたいに顫えて、それで生きていることを感じてるの。"1970年発刊、芥川賞受賞作である本書は"内向の世代"の代表的作家による、唯一無比なスタイリッシュな文体で描かれた孤独で斬新な密室の男女の物語。
個人的にはドラマ『ヴィレヴァン!』の登場人物たちが本書を紹介しているのを見て手にとってみました。
さて、そんな本書には同時期に発表され、同じく1組の男女を描いて芥川賞候補作になっていたことから、神経を病む女子大生と青年の山中での異様な出会いから始まる杳子(ようこ)、そして、不意に襲われた熱病によってアパートで伏せる男と妻の物語、妻隠(つまごみ)の2作がセットで収録されているわけですが。
まず、あらすじを紹介するのが難しく、そもそも意味があるのかわからない本書の収録作ですが。芥川賞の選評で『筆の妙味に陶然とさせられた』と絶賛されたように、その文体は今まで読んだことがないほどに独特で、後書き等で【めまいを感じた】とも書かれていますが。私的には【人物や日常がぐるぐると流動的に繰り返し異化していくような感覚】に(特に杳子は)引きずり込まれるような怖さすら覚えました。本書は確かに映像や漫画では表現できない【小説でしか描けない世界】を更新しているように感じます。
また、50年にわたる著者の活動の中で、本書は著者がドイツ文学の影響から抜け出そうとしていた【前期の作品にして、入門するのにうってつけ】らしいとも言われているみたいですが。『試文』と著者自らが名付けた中期の【実験的な現在進行形の散文】あるいは後期の老いや災害、記憶などについての思弁をめぐらす【私小説的な連作文】も引き続き手にとってみたいと思いました。
めまいを覚えるような読後感、文体にどっぷり浸りたい誰かへ。また『小説でしか味わえない感覚』を確かめたい人にもオススメ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?