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【展示解説】MOE FURUYA GRAPHIC EXHIBITION “vermilion”

そう、この展示解説を残すことを主目的に、noteを始めたのでした。会社の自己紹介や、改めて展示を開催することについての文章を書く際、なかなか筆が進まず弱りきっていたのですが、ようやく本題に入ることができて、少しだけホッとしています。まず、開催中の展示「vermilion」の概要に関しては、下記をご覧頂ければ幸いです。

本展の作家、グラフィックデザイナー・イラストレーターであるStudy and Design古谷萌さんを知ったのは、もうかれこれ10年以上前になるでしょうか。元々は、長年の友人で、また、電通Bチームの創設者でもある倉成英俊さんから、彼の存在を聞いたことが最初だったと記憶しています。ちなみに、古谷さんもBチームのデザイン/イラスト担当。その後、お二人とは、お仕事を幾つかご一緒する機会に恵まれました。

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12年前の個展

ちなみに本展の前に、古谷さんが個展を開催したのは何と12年前のこと。2008年にガーディアン・ガーデンで開催された「ROUTINE」は、グラフィックアートの公募展である「ひとつぼ展(現・1_WALL)」のグランプリ受賞展。1年間に渡り、日々書きためられた200点余りの原画やポスターの展示、また、グッズの販売を行いました。僕はこの展示を実際に見ることが、当時、残念ながら叶わなかったのですが、ちょうどそのとき「密買東京」さんのお手伝いをしていた関係で、彼のグッズやプロダクト越しに、現在の作品にも通じるシンプルな構成と、どこか気味悪さが共存する、独特な世界観の作風が、印象に残ったことを覚えています。


12年ぶりの個展

そんな古谷さんから久しぶりに連絡を貰い、お会いしたのが昨年末。秋頃から作り始めていたという作品の展示ができないだろうか?というお話でした。一目見た際に、以前と変わらない要素を色濃く残しながらも、干支一回り重ねた年齢や、アートディレクター・グラフィックデザイナーとして積み上げたキャリアのせいか、純粋にデザインとして、ぐっと洗練された大人な表現の、完成度の高い作品に仕上がっていると感じました。そこで、ひとまず展示を行うこと自体は決めたものの、当初はスケジュールの都合上、2020年の冬頃に開催という予定を立てていました。

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新型コロナ下での開催

そして新年が明け、しばらくして起こった新型コロナウイルス感染症。その拡大防止に伴い、自粛生活を余儀なくされる一方で、今回のパンデミックは、国内はもとより世界中で、実は誰もが薄々気づいていた、現在の社会が抱えている様々な課題が、改めて差し迫った危機として表出した機会と言えるのではないでしょうか。

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大型連休前、古谷さんの作品を眺めながら、ふと、現実が突然、あっという間に彼の作品に追い付いてきたような感覚を覚え、連休後、緊急事態宣言の解除前後からぜひ展示を行いたい、という意思を急いで古谷さんに伝えました。その後、短い準備期間にも関わらず、何とか本展の開催へと至ります。今また、改めて展示作品をご覧頂くと、この数ヶ月間、私たちの社会に起こった様々な出来事の内のいくつもが、きっと頭によぎってくることでしょう。

また以下、本展に際し、古谷さん本人のSNSに投稿された文章を転載します。「vermilion」プロジェクトのステートメントと併せて読んで頂くことで、今回の作品が、社会の写し鏡であることを、いかに彼が強く志向し、制作したのか、その理解がより一層深まるだろうと思います。

2008年の「ROUTINE」から12年ぶりの個展です。

去年の秋頃からデザイナー・イラストレーターとして、社会に対して自分の声を発信することができないかと思い立ち、グラフィックワークをつくりはじめていました。アートディレクターやグラフィックデザイナーは、依頼者の希望を形にします。有能な代弁者であり、黒子の美学。今もその仕事に誇りを持って日々取り組んでいます。一方で、日々直面する現代社会が抱える問題や矛盾について、自分では何も表現できないのか。という葛藤がありました。

アートや映画は、問題を見事に浮き彫りにできる。ただしホワイトキューブや映画館の中で、それらは非現実の物事として箱を出た瞬間に消化されてしまうことも少なくありません。

グラフィックデザインの世界で、多くの人にとって身近なメディアで発信ができないか。誰かが来ているTシャツや、壁に貼ってあるステッカー。そしてSNSのタイムラインに突如現れるJPGとして。

今まで見ないふりをしていたこと、無知のままでいたことに対して、みんなが話し合うきっかけになるかもしれないもの。

自分自身、今も分からないことや知らないことが沢山あります。間違っていても、恥ずかしくてもいいから、まずは自分から言葉を発して話してみたい。

今まで自分が磨いてきた一枚の絵と一つの言葉の組み合わせでメッセージをつくる力。それを使って。

DMを飾るグラフィック「EASY LIFE.」は、イベントの自粛や全国の休校要請が決まった直後の2/29に制作したもの。「便利で楽しい生活は、ある日切り取られる。」でも、今まで便利とか簡単を第一に考えすぎてきた気もするのです。

日本では、タレントも、音楽アーティストも、漫画家も、社会的スタンスを表明することを良しとしない風潮ですがそれは僕ら商業デザイナーも同じ。無色透明が好まれる。

それでも。令和2年は勇気を持ってみんなで話すべき年の元年になるべきではないでしょうか。

展示とプロジェクトのタイトル「vermilion」は、朱色。
自分に、色を差し込む。社会に、朱を差し込む。

ひとりの作り手として新しいアプローチを取るために。5/29より個展の開催と、プロジェクトの特設ECサイトを立ち上げます。以下DMより抜粋します

肉。骨。

あなたは、肉と骨。
わたしも、肉と骨。
一皮むけば、みんな肉と骨。

人が自ら作り出した現代の不調和。
その中で、骨は軋み、肉は崩れていく。

どれだけデジタルツールに囲まれて
どれだけ仮想現実に浸っても
受け止めるのは肉と骨。

人は自然に背を向けて
歩くことはできない。

生き物の血肉の色、朱を交えて。
これからの歩き方を考えたい。
そのための地図を描く。

vermilion.black(ヴァーミリオン・ブラック)はグラフィックデザイナー/イラストレーターである古谷萌による社会への新しいアプローチ。自らの思考・思想をグラフィックワークを介して発信することで、答えをつくる図案家から、意思を持つ活動家に。vermilionは「朱色」。誰もが持つ肉体をモチーフに、現代社会を切り抜く。

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余白と移ろい

昔から、展示を訪れるお客さまに聞かれて、一番苦手で困るのが「この展示(作品)、何ですか?」という質問でした。近頃では「どう思います?」と、すぐさま投げ返し、会話へと入っていくことで、そのストレスもだいぶ減ってはいたのですが、本展では、事前にオンライン上で情報を公開したせいか、それとも皆、対話する場や機会を欲していたからか、今回の展示では、むしろお客さまの方から積極的に、それぞれが抱く印象や感想、作品の見方など、数多くのご意見を頂戴することができました。

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賛否は両論。好悪も様々。ただただ怖い、という声もあれば、絶賛の声を聞くこともありました。ポップアートを思い浮かべる方もいれば、フルクサスのビジュアルを想起されたり、さらにグラフィティ・ストリートアートの影響を強く感じた方もいらっしゃいました。このことは、一枚の絵と短い言葉で構成された、強いメッセージの裏に、それぞれの想いや考えを託したくなるような余白が、彼の作品に込められている証左と言えるでしょう。

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さらに、興味深い点としては、同じモチーフのグラフィックにも関わらず、ステッカーとポスターというメディアの違いによって言葉を変えていることで、作品から受け取る印象や捉え方まで、また変わっていくこと。昨年、初めて作品を見た際の言葉と、その後、加えられた別の言葉が展示の中で共存することで、時間の経過によって、作家の意識や思考が移ろっていく様までも鑑賞できる一方、グラフィックが持つ普遍性を、より意識付ける効果も生まれています。

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両義性(二面性)の先

そして、特筆すべきこととして、鑑賞する側である受け手が、作品から自発的に意味を見出し、時にそれが作家の制作意図を越え、作品から複数の意味が生まれてくることでしょうか。相対することで「どう思うのか」という、鑑賞者に対して思索を促す作品。白か黒か。その姿勢や答えをただ提示する訳でもなく、ましてや課題を解決する訳もない。どこまでもグレーの、問いかけるデザインとして成立しているように思えました。

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これらを象徴する出来事として、展示の開始と時を同じくして、アメリカを中心に世界中で起こった、人種差別の撤廃を訴える「Black Lives Matter」の運動に寄せて、会期中、古谷さんは展示作品の一つ「NO MUSIC LIFE.」の色を反転させてSNSに投稿しました。そう、彼のプロジェクト「vermilion」は、まだ始まったばかり。これからも言葉はもちろんのこと、ビジュアルも移ろい続け、そしてまた新たな作品が、この世の中への問いかけとして、きっと次々に生み出されていくことでしょう。

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すみません…、展示の解説と言うよりも、その舞台裏の説明や、雑感のような文章になってしまいました…。という訳で、最後は、展示初日にオンラインで配信した、古谷さんとのギャラリーツアー後の帰り道に、頭に浮かび、慌てて走り書きしたメモの内容で締めたいと思います。

「vermilion」の二面性(もしくはA面とB面)

可愛いけれど、怖くって、
素直なんだけど、複雑で、
繊細だけど、大胆で、
柔らかいけど、頑なで、
穏やかだけど、鋭くて、
優しいけれど、怒ってて、

そして、普遍的なのに、現代的だ。



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