見出し画像

『NEWSを疑え!』第1043号(無料版 2022年5月26日号)BMD艦とトマホークを友軍から借りる

◎軍事アナリストの目
・BMD艦とトマホークを友軍から借りる
静岡県立大学特任教授 軍事アナリスト 小川和久

 ウクライナ戦争の戦況を眺めていて、気になってならないことがあります。

 ロシアのウクライナ侵攻に触発されて、中国が従来の姿勢をエスカレートさせ、台湾にも軍事的な触手を伸ばしはしないか、日本にも狙いを定めはしないか、という懸念が生まれているのは、もっともなことです。日本は同様な考え方を持つ中国、ロシア、北朝鮮に囲まれているから、それに備えなければならないというのも、正しい認識です。

 しかし、順序正しく備えるとなると、少し整理が必要になります。

 まず、中国、ロシア、北朝鮮とも日本を占領するだけの大軍を渡洋上陸作戦させるだけの能力は皆無です。一方、その気になれば日本を攻撃できるだけのミサイルの能力は備えています。

 そのように考えれば、日本は①ミサイル防衛、②反撃、③サイバー防衛の3点について、同時進行で、それも可及的速やかに能力を備えなければなりません。

 その場合、前提となるのは「平時の戦争を戦っている」という発想です。手出しを躊躇わせるだけの抑止力を備えると言うのが「平時の戦争」の基本で、それを実現できれば血を流す戦争を避けることができ、外交的な発言力も強化することができるのです。

 日本が平時の戦争の戦場にいると認識を持つことができれば、現状では不足している装備品や能力について、同じ戦場にいる友軍である米軍に借りるというのは当然のことです。日本が敵に圧倒されれば米国にとっても不利な状況が生まれるからです。逆の立場なら、米国は日本に能力や装備品の提供を求めるはずです。

米海軍のイージス駆逐艦「チェイフィー」

 これまでミサイル防衛については、イージス・アショアに代わるミサイル防衛用の艦船が実戦配備されるまでの5〜10年ほどの期間、空白状態は許されませんから、米海軍の89隻のイージス艦のうち、50隻のミサイル防衛能力を備えたBMD艦から2隻を借り受け、東北地方と中国地方の日本海沖に展開し、艦長ら幹部要員以外の人員はイージス艦の運用とミサイル防衛の経験者を民間軍事会社から派遣させる形をとり、システムのバージョンアップを含む費用を日本側が負担することを提案してきました。日本政府が提案すれば米国が受け入れるのは間違いありません。

トマホーク巡航ミサイル

 反撃能力については、日本列島防衛のスタンドオフ能力としても位置づけることのできるトマホークのクラスの巡航ミサイルの保有が相応しいと提案してきました。ここでは、反撃能力もトマホークそのものを友軍である米軍から提供を受けることによって配備までの時間を圧縮することを考えてみたいと思います。

 保有の規模は、横須賀を母港とする米海軍の空母打撃群と米太平洋艦隊の巡航ミサイル原潜が搭載するのと同じ500発としましょう。これを海上自衛隊の護衛艦に簡易型の発射装置で搭載していくのです。トマホークが登場した1980年代中盤、米軍の艦船は4本の発射筒を組み合わせた装置を搭載していました(巡洋艦・駆逐艦12隻は2セット、戦艦4隻は8セット)。これならVLS(垂直発射装置)のない護衛艦にも設置可能です。概数を弾き出すため、ここではVLS艦にも発射筒8本を搭載することにしますが、海上自衛隊の護衛艦47隻が搭載できるトマホークは合計376発になります。21隻ある潜水艦への8発程度の搭載も、そのための改修に取りかかる必要があるでしょう。これが完了すれば、総計は544発になります。最初は米海軍が保有するトマホークを融通してもらい、同時に製造元のレイセオン社に発注していくのです。これなら、短期間に反撃力の整備が進もうというものです。

 さらに増強する場合は、陸上自衛隊の特科(砲兵)部隊に配備していけば、「1発撃ってきたら1000倍返しをする」という韓国のキルチェーン(主力は短距離弾道ミサイル)なみの反撃力になるはずです。

戦艦「ニュージャージー」のトマホーク巡航ミサイル発射装置
(装甲ボックスランチャー)

 ロシアと互角以上の戦いを見せているウクライナから、日本は友好国からの装備品の提供がいかに必要で、有効かを学ばなければなりません。平時の戦争を戦っているという自覚がないから、日本政府は何年先になるか不確かな装備品の導入計画を描いたりするのです。与党はこの角度からも防衛計画の大綱の改定などに斬り込んでもらいたいと思います。

◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
・猛反対を突破して米海兵隊の改革は進む
静岡県立大学グローバル地域センター特任准教授 西恭之

 米海兵隊のバーガー総司令官は2019年7月に就任早々、組織・訓練・装備・配備態勢を含む「戦力設計」が、戦争の性質と東アジアなどの安全保障環境の変化から取り残されているという危機感を表明した。20年3月には「2030年の戦力設計」という計画を打ち出し、それを微修正しながら改革を進めている。

 バーガー大将の改革は、歴代総司令官らから異例の反対を受けている。海兵隊の戦車など重戦力を廃止・縮小し、中国海軍の封じ込めに専門化すると、海兵隊は万能の緊急対応部隊ではなくなるというのだ。バーガー大将は前任者らの意見を聞き取りはしたが、聞き入れなかったので、彼らは改革が危険だと宣伝し、議会に働きかけて止めようとしている。

 しかし、異例の反対には事実や論理の誤りが多く、かえってバーガー大将の改革の妥当性を際立たせている。例えば、中国海軍の封じ込めに専門化するのは海兵隊全体ではなく、沖縄に司令部を置き、日本・グアム・ハワイなど太平洋に配備されている、第3海兵遠征軍(III MEF)である。

米海兵隊総司令官デビッド・バーガー大将

 バーガー大将は2019年7月、「総司令官の計画の手引き」という文書で、戦争の性質と安全保障環境の変化について、次のような判断を示した。

1)精密誘導兵器と情報・監視・偵察ネットワークが普及しているので、海兵隊は機動的な小部隊で「分散作戦」をおこなえるように組織、訓練、装備、配備しなければならない。

2)中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)に対して東アジアで必要な水陸両用作戦能力は、従来とは異なる。

3)予算は限られるので、新しい戦力設計のために従来の戦力の一部を廃止・縮小しなければならない。

 翌年、「2030年の戦力設計」では、中国軍の精密誘導兵器の射程内で戦う海兵沿岸連隊の新設、歩兵大隊の削減・縮小とそれに伴う航空部隊の削減、榴弾砲の削減と高機動ロケット砲システム(HIMARS) の増強、戦車部隊の全廃などの計画を示した。

高機動ロケット砲システム(HIMARS)
(2019年8月、沖縄県キャンプ・ハンセン)

 海兵沿岸連隊は、まず1個を設置して実験するという計画のもと、2022年3月にハワイの第3海兵連隊が改編された。バーガー大将は「2030年の戦力設計」を毎年改訂しており、最終的な設計は「学習キャンペーン」の結果によって決めると強調している。

 歴代総司令官らは、バーガー大将の構想や計画が、十分に試験されていないか、根本的に誤っており、また、バーガー大将が内密の協議で批判に耳を貸さなかったとして、公然と批判している。彼らは議会の介入を求めて組織的に活動し、ロビイストまで雇っている。

 ベトナム戦争で活躍後にレーガン政権の海軍長官を務めたジム・ウェッブ元上院議員も、その批判を代弁している。ウェッブ氏は、バーガー大将には海兵隊の戦力構成をこれほど変える法的権限がないし、「2030年の戦力設計」は海軍長官、国防長官、議会に承認されていないとの主張を、3月26日付ウォールストリートジャーナルに寄稿した。

 こうした批判への反論を、ロバート・ワーク前国防副長官(元海兵隊大佐)が5月16日、安全保障政策論説サイト『1945』に寄稿した。

 法的権限については、海兵隊が3個師団と3個航空団を組織・訓練・装備し、「海軍作戦のためのバランスのとれた戦力と同時に、大規模戦争未満の国際的動乱を制圧し封じ込める、即応的な地上・航空打撃部隊」であるかぎり、その方法は総司令官、海軍長官、国防長官に任されていると、ワーク氏は指摘している。

 必要な承認を得ていないという批判に対しては、「2030年の戦力設計」は20年に海兵隊の21年度プログラム目標覚書(POM)に含まれ、海軍長官と国防長官に承認され、予算が議会に承認された点を指摘している。

 歴代総司令官やウェッブ氏は、海兵隊を中国海軍の封じ込めに専門化すると柔軟性を失い、敵に関する予測が外れた場合のリスクが高いとも批判している。ワーク氏はそれに対し、そのように専門化するのはIII MEFだけであり、むしろ、従来の同質的な海兵隊のほうが、技術の進歩や安全保障環境の変化に取り残されるおそれが強いと反論している。

 このように、海兵隊OBは議会に「2030年の戦力設計」への支持を取り消させるだけの理由を示すことができていない。ハワイの海兵沿岸連隊の実験が成功すれば、沖縄の2個連隊も改編される。その頃には、海兵沿岸連隊のHIMARSには射程500キロ以上の精密打撃ミサイル(PrSM)が配備されているかもしれない。

(次号をお楽しみに)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?