鳥の起源を追って/中川多理人形ドキュメント◉第一章『化鳥拾遺』
薄墨の夜に。
うたた寝をして夢を見て、其の夢から覚め、また夢に囚われる。それを幾度となく繰り返しながら朝を待つ。
稽古茶室に息を顰めるようにして四日目。
「てっぽうだよ!」
早替わりのチャリ裡の声にも似た掛け声がした。遠雷のような鉄砲音がして、撃たれ倒れ込んだ。我が身、猪であったか、鳥であったか…黝い男に撃たれたことしか覚えていない。
そっと目をあけて、いま何処か、いまいつかを確かめる。大丈夫まだ九条山にいる。円窓を細めにあけ、外の気配を伺うと、果たして垣根の隙間から黝雨合羽の男が慌てるように去っていくのが見えた。あいつに撃たれたのか。
誰だ。ト、歌舞伎よろしく番傘つかんで門扉まででると男は気配すら残さず何処かに消えていた。いちおう行方をたしかめ諦めてみたが分からず、しかななく戻ったところで、門の鴨居に刺してある電報をみつけた。
電報か…今どき珍しい。鉄砲だよ!ではなく電報だよ!の声だったのか…電報をそっと抜いて、宛名を見ると自分宛だった。
小糠雨。
電報はしなりととろけ破れそうで、そっと掌にのせ茶室に戻った。手あぶりの縁に貼り付けるようにして乾くのをまつ。鉄瓶がちんちんと鳴ってる。先日、庭に野生している茶葉を家人にねだって、速成の白茶を作っていたのを思いだし、今が飲み処と、電報の乾くのを待つ間、茶室とのお別れに茶を淹れる。電報はおそらく合流の日時を知らせてきたものだろう。ようやくここを離れられる。
稽古用茶室は、京都でも珍しい本位政五郎の庭を抱く宿「小人閒居庵」の中の一室。三畳間くらい、家人の稽古用の茶室と説明を受けた。このハイシーズンに客人は泊められないというのを、無理云って入れてもらった。
白茶を啜り終わる頃には、電報は開けられるくらいの乾きっぷりになった。破らぬようにして読む。
アスアサヤマシナエキデゴウリユウキボウ ⒩
明日朝は、電報を打ったところからの翌朝なのか、それとも今から一日過ぎた明日の朝なのか。時間も分からず呆れたが、ま、いつものことと、合流できなければそれぞれに山荘を目ざせば良い。茶室蟄居にも少し飽いたので、まだ暗いけれど、これから身支度をして山を降りることにした。
卓袱台に四日分の宿泊の御礼と白茶の残りを包み置き、茶室からそのままに庭に立った。朝の月でも出ていれば風情もあるが、小糠雨が外を暗くしていた。
昏いままにはじまる朝は久しぶり。これからの行程に少々の杞憂もあるが、この昏さに紛れて庵を立つのは、自分にぴったりかもしれない。
さてこのまま山を降りることとして「小人閒居庵」を出て右行き山越えしようか。左行って、山を降り三条線に乗ろうか迷ったが、旧水道処理施設の前庭に繁殖期のイノシシが何家族も居て、ときおりホテルの前で観兵式をして新聞をにぎあわせている。來る時も坂の途中で、無数とすら思えてしまう橙の光る目に遭った。怖いと言えば怖いので、山越えをして行くことにした。
京都の山道、いろいろと険しいだろうと、少々警戒もしてみたが、…そうでもなかった。はじめて歩いた阿含宗本山そばの山道は、意外にも歩きやすく、小一時間もすると三条通り旧渋谷街道に出た。
山科へはそこから坂をゆっくりと下っていけばよい。
◉第一章・化鳥拾遺
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