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【ネタバレ】舞台「BOYS DOLL HOUSE~はい!よろこんで!~」妄想まじりの感想

全7公演を劇場で観させていただきました。
古谷大和さんのファンになって、初めて迎えた座長公演。公演期間が連休とかぶっており、座長公演にこんなに行きやすい機会もなかなか訪れないだろうと、とりあえず全部行くという経験をしてみたくてチケットをとりました。
千秋楽を観て、劇場ですべて見守ることができて、本当に良い体験ができたと思えました。

初日、2日目の新鮮な叫びは別記事になってます。

以下、最後まで見届けた感想です。

物語全体の感想

生まれ持った境遇と、選択。その境遇の中で生まれた絆の話。
私はこの物語の主題はこういうことなのかなって視点で観ていました。

選ぶ側と選ばれる側。主人と仕える者。
人間はこの境遇にいることを続けるか続けないか、どこで生きていくのかを自分で選べるけど、人形たちは選べない。人形のほうが選べない範囲が大きくて、そこがこの物語を物語たらしめている部分。

拓郎、カナタ、聖奈はこの物語の清涼さと希望を担っていた。聖奈は大きな哀しみの先でカナタに出会えている。人形という存在に救われたひとりだった。この世界での人形の存在意義を見せてもらった気がした。
しあわせの形はひとつじゃない。聖奈はカナタのことを大切にするだろうし、カナタも人形としての役割を心から全うできるだろう。拓郎もあんなに素敵なひとなんだからきっと次もあるって思えた。

西園寺とリオン。西園寺が徹底して「下になったことがない者」という感じのキャラクターなのがおもしろかった。周りは「接客」してくれる人ばかりで、他人に気を遣ったことがないのだろう。リオンも生まれたときに「最高傑作だ」と評価を受けて、その評価に違わずすぐ売れた。生まれ持った自信を叩き折る出来事はまだない。
いつか西園寺を接客することがめんどくさくなったリオンが、底意地の悪さをチラ見せして西園寺とケンカして、逆に「アラおもしれー男」とかなればおもろいのに。西園寺に気遣わないことを許されそうなのはリオンしかいないからね。スピンオフ見たい。
支配人がリオンにリオンって名付けた意味だけがわからないよ〜ケンとアオイが西園寺に買ってもらえそうだったのに、これに今リオンなんて名前つけたら絶対西園寺はこっち行くじゃん。ケン売れなくて良かったの?ㅤ2体売れ残ってたせいで火の車だったりした?? もっかいチャンスあっても良かったよね〜〜🥺

椿とアオイ。カナタが希望として描かれているとするなら、アオイは絶望の象徴として描かれた。支配人も買ってくれる相手を選べるわけではない。「人形屋の支配人」としてはこれしか選択肢がなくて、アオイに左腕を差し出させるしかなかった。アオイも支配人も自分の心を殺したシーンだったろう。
せめて椿にはその左腕で輝かしい未来を手にしてほしい。人形はあくまで人間の道具である、ということをまざまざと見せつけられた。

ケン。きっと人形たちの希望だった。
「主人に仕える」という選択肢しか持っていない中で、何をしてみたいとか、こんなご主人様が良い、あれに興味があるとか、自分の欲求がぽんぽん出てくる。楽しい未来が待っているって、夢見てるとかじゃなくて根拠なく信じられている。躊躇なくまっすぐで、目の前の感情に素直。だからアオイもカナタも、支配人もケンのことは眩しく見えてたんだろう。ある意味では従順じゃないから、なかなか売れなかったというか、このお店に来るお客さんのニーズには合わなくて売れ残ってたのかも。
この子だけがスタンドアローンで誰にも依存してなくて、自分で未来を切り拓けるジャンプの主人公みたいだった。

そして支配人。
古谷さんファンなのでやっぱり支配人を観ていた時間が多くて、支配人寄りで考えちゃって、どうしても贔屓目の人の感想と解釈と思って読んでいただけるとありがたいんですけど。

支配人はたぶんいちばんに「人形としての役割を果たす」っていう思いがある。それを優先しているのは、「主人の意に沿わないと壊される可能性がある」のを知っていたから。自分が壊されるとケンをはじめ、同種である他の人形たちのことを守れない。送り出せない。だから、必死でこの家の中で与えられた役割を務めていた。

助手との関係も印象的だった。支配人も助手も、売れてたくさんのご主人様を喜ばすために作られたのではなく、人形師の望みを叶えるために作られた人形。ここで人形師に尽くすしか生きていく道がない。
支配人の台詞、「人形を作らないのならお前がここにいる意味はなくなる」も「人形に幸せなどない。ただ主人のために尽くすだけだ」も、そうじゃなければこの人形師には壊されるだけだ、壊させないでくれ、一緒に生きようって支配人を演じながら訴えていたような気がする。
助手は、母親の意に沿うような人形師にはなれないと確信して、でも自分の生き方を諦められなくて銃口に自ら向かった。まだ1mmくらい希望も持っていたのかもしれない。必死に伝えれば何か変わるかもしれないと。
生き方を許されなかった助手も、壊せと命令された支配人も、どうしようもなくて悲しかった。支配人の歯車がまたひとつ、ぱちんと飛んでいってしまった。

そして「人形としての役割を果たす」と同じくらい大きい支配人の気持ちとして、ケンが大事な存在ということがある。人形師の願いが歪んでいるのは支配人も最初から分かっていて、でもどうしようもなかったときに、「ピアノを教えてほしい」って言われたんじゃないかな。自分を頼りにしてくれる存在がいるっていうだけで、支配人は役割を演じ続けられたのかなって思う。やり方は不器用だったかもしれないけど、ケンが5歳なら支配人もたぶん6〜7歳だから……経験値が……。笑

ケンと支配人のクライマックス。ずっと人形であることを明かせず、他の人形のように売れていくこともなく、ケンとアオイのようにお互い励まし合うこともできず、拠り所がほとんどなかった支配人。助手を処分しなければならなかったこと。長い時間一緒に過ごしてきたアオイを幸せにできなかったこと。ケンを自由にするチャンスを逃してしまっていること。ケンの怒りを利用して自分を終わらせてくれと、卑怯な懇願をする。ケンがどう感じるかなんて考えている余裕もない。銃弾が放たれて、でも1発では壊れられなくて秘密を告白してしまう。
もっと上手くやれれば良かったのに、私の出来が悪いからお前を幸せにしてやれないと嘆く支配人を、ケンはやさしく、笑顔で撫でる。いつも「大丈夫」と言ってくれてた支配人のように。どんな思いで自分に接してくれていたかを知るケン。厳しくあったのは、この家から出してやりたいと願っていたからこそ。やり方が正しいか間違っているかは分からないけど、その愛情を受け止めたケンは、自らショーケースに戻る。いつか来るその日まで、ふたりで支え合える。たしかに絆が生まれた。もうお互い、ひとりじゃない。

千秋楽ver. のラスト、わたしも自死はほんとうにやってほしくないことだし、ケンはこの先この家に戻ってくることもあるかも、この先作られる人形たちのことは? 狂った人形師ほっといていいの? とか思ったけど、もう支配人だって自分の気持ちに沿わないことをやり続けるのは限界だったのかもしれない。途中から「ケンがこの家から抜け出す」ことだけを願って生きてたんだから、それが叶ったらもう自分が存在する意味はないと思ったのかもしれない。ずっとぎりぎりで、身体を壊さなかったら心が壊れてしまって、結局ジャンク品になっていたのかもしれない。
人形だから選べた、最後に自分で決めることができた選択肢だった。あれが人形にとっての救いであるのなら、切なくて泣けた。結末を見て、これは支配人として、父親として、人形として生きたこの人の物語だったんだなと思った。

まとめのような

ケンも支配人もどうなるか分からない6公演を見守ってきて千秋楽でこれを見せられたら泣くしかなかった。物語が結末を迎えられた。
千秋楽以外のラストだって余韻があって、おかげでこんなに長々と考え事ができて、良い作品だと思っていたのにな。たくさん見守った時間があった上で、千秋楽の結末を見届けられたことが胸に響いた。すべての役者の熱量が、和久井さんがこの作品に込めた思いが舞台から伝播してきて、こんな熱いものに触れさせてもらって感謝しかありません。

人形って、誰かに管理されていないとどうなるんだろう。人形師の保護下にいる、あるいは主人がいる状態じゃないとき。人形は人間の管理下から逃げることはできないのだろうか。逃げれば、心が壊れてしまったりするのだろうか。アラジンが魔法のランプの精に「君は自由だ!」と願うように、枷から放たれて生きることは、しあわせではないのだろうか。
人間の管理下から抜け出すことができる/できないは作品の中では描かれてなかったけど、この設定によってもっと人形の選択肢は増えるんだと思う。ただ、この物語の中では「買ってくれた主人に仕える」という生き方の選択肢しかなくて、それが幸せとか正解とかではなく、「そうなるしかない」中で、人形たちは何を思って何を選択するのか。そういう目線で見てた作品でした。

物語の要素の多くが芸能の世界で生きているひとたちに置き換えられる。和久井さんが役者として生きてきて思うところもたくさんあって、それでもこの仕事の魅力から離れられない気持ちの大きさからこの脚本を書いたのかなあと思うと……。なんて大変そうなことしてたんだ。笑

でもモチーフはモチーフ、物語は物語。これは確かに、人形たちの物語だった。
わたしはもう人形側に感情移入しすぎて、それを買ったり使ったりする人間側の身勝手さとか人間としての生き方とか、考える余裕がなくなってる。人形たちの生き方の物語だった。

おまけ

上記のような解釈に至るまでに、つじつま合わせで過去や設定を捏造したりしました。解釈バトルしたい方はTwitterでぜひ絡んでください。もはや二次創作。考えてる時間めちゃくちゃ楽しかった。

あと、3〜4日目の場面ごとの感想とか役者さん自体の感想とか、ごりごりに書き残しておきたいことがあるんだけどもはやまあまあ長いので自分用メモにしておきます。興味ある方はTwitterで絡んでください(2回目)。

さらにおまけ。
キャスト全員すきになったのでド夜中に愛を叫んだやつ。リプツリーにて一応全出演者分。140字足りん。

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