【没ネタ】テンカウントテンカウントテンカウント
「あいつ、右アッパーのあと左が甘くなるな。ブレた左にお見舞いしてやれ」
おやっさんの言葉がかろうじて耳に入る。チャンプのパンチは強烈、瞼は腫れ上がって、顔は汗と血でドロドロだ。──八百長するまでもなかった、俺の実力不足。でも、最終ラウンド持ちこたえて俺なりにいい試合演じたんだ、あとは右アッパーのあとの必殺ストレートをもらってぶっ倒れてテンカウント。完璧だ、前金はリボの支払いできえちまったが明日からちったァいい暮らしができる。
ゴング、同時に気合を入れ立ち上がる。
「おい、ティコ──俺に夢見させてくれよ」
青コーナからおやっさんの声。
──たじろぐ。赤コーナにいたはずチャンプは眼の前だ。ジャブが放たれ、よろめいた俺に右アッパーが下から。同時に時間が凍りつく感触、迫るグローブがゆっくりとした動きに変わっていく。そして、完全に止まった。代わりに、俺の体が浮き上がりだし、暗転した。
「あいつ、右アッパーのあと左が甘くなるな。ブレた左にお見舞いしてやれ」
かろうじて耳に入る。
「えっ……」
ゴングがなる音。反射的に立ち上がった。
「おい、ティコ──俺に夢見させてくれよ」
青コーナーからおやっさんの声。
無防備な顔に痛みが走って──暗転した。
【続く】
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