ぴよ

大学文学部卒業後、中小IT企業就職→紆余曲折を経て現職場(教育関係)で主にセキュリティ…

ぴよ

大学文学部卒業後、中小IT企業就職→紆余曲折を経て現職場(教育関係)で主にセキュリティ担当。 家族激ラブ(ただし他界済み) いろいろあって燃え尽き休業中のため、今後のキャリアについていろいろ考え中。 ここでは過去を振り返ったり今後のことを考えたりしたいと思います。

最近の記事

これまでのこと・7(転職活動)

しばらくのんびりしていたい、というのととてもそんな精神的余裕はなかったということで、辞める前に転職活動はしなかった。 母は「一年はお父さんから庇ってあげるから!」と言っていたけど三か月ほどで私が何もしていないのが不安になったらしい。ハローワークに行くことになった。というか、多分専業主婦の母は、昼間に成人した娘がずっと家にいるのが苦痛だったのではないかと思っている。父が退職した時もストレスだったみたいだし。 次に何をやりたいか、ということで、正直もうSEはごめんだと思っていた

    • これまでのこと・6(大変な時期~辞めるまで)

      正直、この時期のことを思い出していたら気分が悪くなってきてしまったので簡単にまとめたいと思います。 前回までのチームでは本当に恵まれていて、いろいろ教えてもらえて私の社会人として、あるいはシステム業としての基本はここで作ってもらった。そこに暗雲がかかったのはリーマンショックでそれまで従事していたプロジェクトがぽしゃった。某企業の某事業所2フロア分のそれまでの資料のお片付け。フロッピーディスクを何枚破壊したことか。 そこそこ人数が増えていたメンバーはほとんどが散り散りに。本社

      • これまでのこと・5(新卒時代)

        新卒から三年目くらいまでのことを書こうと思って当時のことをいろいろ思い返していた。とはいえ、もう20年近く前のことなので、今日書いたあとも追加で別の記事を書くこともあるかもしれない。とはいえ、今思うとすごく恵まれた人間関係の環境にいたということに気づいた。 入社して最初の一か月は本社にて研修だった。入社当日、私の思ったことを嘘偽りなく書くと「でかい! 黒い! 圧迫感!!!」だった。中学から大学まで女子校育ち、同年代の男性に囲まれる機会なんてほとんどなかった。この時点で、シス

        • これまでのこと・4(就活)

          就活にあたって、正直に当時は自分が働くビジョンというのは全然できていなかった。 うちは母親が結構いいとこのお嬢さん(父親いわくジョンジョン)で、生まれつき心臓が悪く働いたことがなかった。バイトは親戚の紹介でしていたそうだけど。一方の父親は、高校で父親(私の祖父)を、大学で母親(私の祖母)を亡くし、わりと苦労してきた。ちなみに、私は父親ほど仕事ができる人にあったことがない。 そんな父親の厳命が「就活するなら正社員として就職すること」 うちは基本的に父親の言うことはゼッターイだ

        これまでのこと・7(転職活動)

          これまでのこと・3(学生時代)

          そしていきなり大学生に飛びます。 というのも、結局パソコンに触れる機会ができたのは、 小学生:卒業頃にパソコン室導入、ソリティアでちょっとだけ遊んだ記憶 中学生:パソコン授業(課外授業のため抽選)に三年間外れ、触る機会なし 高校生:大学受験に必要と親が聞いてきて、ようやく導入。でも遊んでばっかりで受験生には毒だったのではないかと今も思ってる。 という感じで、わりと日常的にパソコンに触れるようになったのは大学に入ってからだった。 とりあえず、一年次はパソコン授業が必須だった

          これまでのこと・3(学生時代)

          これまでのこと・2(システムに憧れた理由)

          小さい頃からシステム、というかパソコンに関する憧れがあった。 何がキッカケか考えてみたところ、小さい時に観た海外ドラマではないかと思う。 「センタウリ」というタイトルの一部だけ覚えていたのでググってみたらおそらくこれだ。 内容に関しては、とある女の子のコンピュータが何故か世界中の子どもたちとネットワークで繋がり、その子どもたちで秘密結社みたいなものを作って悪事を行う大人たちをやっつけるという話。海外ドラマなのに日本から幕張在住の女の子も出てて、それも印象に残った理由の一つか

          これまでのこと・2(システムに憧れた理由)

          これまでのこと・1

          さて。自己紹介でも書いた通り、私は現在休職中だ。 原因としては、両親を相次いで急病で亡くしそれにすっかりメンタルをやられてしまった。 いうて過激派同担拒否レベルのマザコンで、こじらせたファザコンだったためダメージが大きい(ちなみに父親は同担拒否でないのは、母親が父親ラブだったため。複雑) ものを書くのは好きなので、Twitterはもともとやっていたが、そちらのアカウントで今後についてあーだこーだ悩みたくなかったので新しくアカウントを作った。ゲームつながりの優しいフォロワーにあ

          これまでのこと・1