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今日はUFOの日

ワシントン州のレーニア山付近をアーノルドは自家用飛行機で航空していた。そこで奇妙な飛行物体を目撃する。1947年6月24日のことである。
これが物議を醸す。アーノルドの親友デビッド・ジョンソンも追跡調査をする。アーノルドの性格をよく知る彼はでっち上げでないことを確信していたのだ。調査の中で彼も飛行物体を目撃してしまうのである。
記者会見の中で、アーノルドは目撃した形状については言っていない。
”水面を跳ねるコーヒー皿のような動きをしてしている”といったのだ。この言葉が独り歩きして皿のような形状 だと人心に植え付ける。その後は、皿のような絵面でUFOは描かれ、空とぶ皿(Flying Saucer)の目撃情報が出てくるのである。
ユングの著作に「空とぶ円盤」がある。
フロイトが唱えた下意識について、ユングはその拡張版ともいうべき集団的無意識を唱えた。UFOの目撃談は、それこそ古代からあるんだと、ユングはいう。そしてユングはUFOの存在を否定も肯定してはいないのである。キリストの後輪だとか、三途の川とか集団的な幻想はいくらもあるのだ。

les instincts et les archétypes constituent l'ensemble de l’inconscient collectif. Je l’appelle "collectif" parce que, au contraire de l’inconscient personnel, il n’est pas fait de contenus individuels plus ou moins uniques ne se reproduisant pas, mais de contenus qui sont universels et qui apparaissent régulièrement
抄訳)
本能とかアーキタイプ(原型)というものは集団的無意識によって形成されている。私(ユング)はそれを集団的(collectif)と呼んだのは、個人における無意識が多かれ少なかれ唯一的で再現できないのに対し、普遍的で定期的なものを含む無意識であるからです。

これは#頭出しになるのであるので、メモ程度に記すのであるが、
物理学者のパウリは完璧主義だった。しかし、実験は大の苦手というか、そういうレベルではなく(パウリ効果というらしい。彼が来ると実験装置が破壊される)、完璧に理論よりの物理学者であった。シンクロシティを持ち出すまでもなく察しがつくように、なにかしらの精神的疾患にパウリ自身も悩む、そのカウンセリングを行ったのがユングだったのだ。理論物理学と神学的心理学者の彼らの語らい、宇宙の根源を人類の知恵のギリギリまで迫ったものだったであろうと興味が湧く(わたしにとってはUFOよりも興味がある)。

Pour anglophones : Une conférence donnée par le professeur Arthur I. Miller (University College London) le jeudi 10 Décembre 2009 au CERN.
À un moment clé de son développement scientifique, Pauli a été l'objet d'une analyse par Jung. Que pouvons-nous apprendre de plus sur les découvertes de Pauli du principe d'exclusion et le théorème CPT, ainsi que ses pensées sur la non-conservation de la parité, et sa quête avec Heisenberg pour une théorie du champ unifié de particules élémentaires, de l'analyse Jungienne de ses rêves? Un Pauli très différent, à l'encontre de ses estimés collègues tels que Niels Bohr et Werner Heisenberg.
Voir aussi d'Arthur I. Miller : Arthur I. Miller on a meeting of minds between Carl Jung and the physicist Wolfgang Pauli, à propos du nombre 137 par lequel Pauli se sentait "poursuivi" et la Constante de structure fine.
●Pour anglophones:英語の分かる人へ ということである。
 [英語が苦手なので手も足も出ないが](この国際化社会では必須なので遅まきながら勉強中である。)アーサー.I.ミラーの講義はぜひ聴かれたし。

この137という数。微細構造定数の逆数であるが、ハイゼンベルクは(だったかな?)なぜこの数になるのかがわかれば素粒子の謎がすべて解明できるといった。パウリはこの謎に終身挑み続けた。晩年は膵臓がんを患うのであるが、病室は137号室だった。

C’est Richard Feynman qui suggéra à tous les physiciens de mettre un panneau sur leur maison ou au bureau pour ne pas oublier qu’on ne sait pas tout. Le panneau portait simplement 137. Cent trente-sept c’est l’inverse de ce qu’on appelle la constante de structure fine. Cette constante est aussi appelée alpha et on y arrive en prenant le carré de la charge de l’électron divisé par le produit de la vitesse de la lumière et de la constante de Planck. Tout ce charabia pour dire que le nombre 137 renferme tout à la fois l’essentiel de l’électromagnétisme (l’électron), de la relativité (la vitesse de la lumière) et la théorie quantique (constante de Planck). Ce serait plus simple si les relations entre ces concepts essentiels étaient de l’ordre de l’unité ou de trois ou un multiple de pi. Mais 137 ?
出典

この137という数は 電磁気学( l’électromagnétisme)、相対性理論(la relativité)、量子論(la théorie quantique)にとって共通して大事な数である。でも、なぜ137なのか・・・。
ヘブライ文字はそれぞれ数の意味をもっている。カバラを使った占星術はこの数値を使う。そしてその総数は137なのだ。
ちょっと前置きが長くなってしまったが、UFOとは未確認飛行物体である。
日本での目撃記録としてユーフォロジストが持ち出すのが”うつろ舟”だ。

Dans la sous-culture occidentale, et surtout dans l'ufologie, le mystérieux Utsuro-bune est souvent présenté comme une rencontre du troisième type. Les représentations, en couleur ou en noir et blanc, du navire échoué auraient de grandes similitudes avec celle d'un objet sous marin non identifié. L'Incident de Rendlesham présenterait également quelques similitudes. La mystérieuse boîte que l'étrange femme aurait gardé avec vigilance serait un dispositif technique. La langue inconnue de la femme est mis en exergue. Les investigations des historiens et les ethnologues sont le plus souvent délibérément ignorées

●mis en exergue ... ”明白にする、強調する”  と辞書にあるが、、、
Mettre en valeur, en évidence, au premier plan. 
なによりの証拠とか、もっともな例だとか そういう意味である。

抄訳)
東洋のサブカルチャーの中で、とりわけユーフォロジーの分野でうつろ船のミステリーは第3接近遭遇としてしばしば提示される。色は白黒というのも、また座礁した舟というのも未確認潜水艦のレンドシャルムの事件と酷似している。用心棒に守られた女性が登場するのもよく出てくる仕掛けだ。女性がわけのわからない言葉を使うというのも典型的だ。歴史家や民俗学者の研究は意図的に無視されている。

茨城県の伝説なのだが、図版入りで残っているものがいくつかある、最も有名なのは滝沢馬琴の「兎園小説」だ。数々の漫画やアニメの題材となっているので、この伝説を調べてミステリーツアー観光なんていいかもしれない。
この中に出てくる”第3接近遭遇”だが、ハイネック博士の分類である。第1は目撃すること、第2がUFOが熱だとか音とか振動だとか周囲になんらかの影響を与えることで第3はUFOの搭乗員と遭遇すること。この伝説は第3の分類であるということなので、もっともセンセーショナルな話なのだ。

”空とぶ鉢”という話もある。これはご存知、信貴山縁起のことだが、
醍醐天皇の加持祈祷のために飛ばした鉢だとわかっているのだから、これは”未確認”ではない。
ここで過去記事を引用しよう 2009年の4月15日の記事である。

池袋という場所は前田愛にいわせれば
二業地ということで一段低いそうである
二業地とはいわゆる待合がなくて置屋と茶屋だけがある地域のことである

しかし宮田登は
池袋からの下女に手をつけた旦那に
ポルターガイスト現象がおこった事例を引いている
柳田国男も「池袋の石打と飛騨の牛蒡種」の中で
そのことに触れている
女性禁制と思われていた男の祭祀に目をつけた
おべっかを使うという言葉があるが
語源は別火(べっか)
つまり 祭祀の期間について
女性の使う火と別な火をおこして
風呂を炊いたり、食事をつくり
明確に分ける

女性を忌避するという風習があった
いまでも能楽師が天下太平を祈願する翁を演じるときには
別火を使うらしい
この期間は男は別火で作った食事をしなければ
ならないので外で遊ぶ習慣ができ
そのときおべっかを使ったので
意味が逆転し、おべっかを使って外で呑んだり騒いだりした

しかし宮田登は
実は男が女の代わりをして外で祭事を代行していると
見たほうが辻褄があうことが少なくない。
といって女性の地位を保つ説を掲げている
実際に有効な呪術をおこなったのは女性で
その表面上は祭祀を行う男性という図式である

池袋の女性に手をつけると
どんなポルターガイスト現象が起きるかというと
鉢が空を飛んだりする(UFOか?)
すぐ閃くのが信貴山縁起だろう
信心が続かなかったばかりに
倉から俵などが飛んで逃げてしまう話だ
商売あがったりだ

信貴山縁起では、衣の切れ端がその霊力の源といわれている
衣の切れ端は「妹の力」の象徴である
鼻緒の切れた下駄を切れ端で結んでもらって直したり
する所作からだと自分は感じている
この衣の切れ端の魔力は日本だけかと思っていたら
そうではなかった

シャルトル大聖堂にある
マリアの聖衣の切れ端(サンクタ・カシミア)
は多くの信者を集めているそうである
女性の力は馬鹿にできない

この信貴山縁起の原動力は”衣の切れ端”でこれとサンクタ・カシミアをつなげているが、こんなのユングに言わせてみれば、当たり前だよ、ということになるかもしれぬ。電子が光子を放出したり吸収したりする。その振幅の逆数はどこにでも普遍に現れる137だ。集団的下意識もまた普遍的なのである。どの幻視にも共通している部分がある。元は同じ話が伝播したのかもしれないが、ユングは違うという。
UFOを見つけるやつについていくと一緒に見てしまうのである。
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<来年の宿題>
・パウリとユングの話
・ユングの「空とぶ円盤」で出した例
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UFOの謎を追いかけることはすなわち宇宙の謎を追いかけることである。
学術がどこまで迫れるのか、、、自分も研鑽をつんでレポートしたい。


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