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苦手と克服(書きかけ)

結論・まとめ

  1. 好きだけれど苦手
    アプローチ: 克服に注力
    この領域は成長の可能性が高く、モチベーションも維持しやすいため、積極的に克服を目指すべきです。
    具体的な目標設定と計画立案
    専門家のアドバイスや効果的な学習方法の活用
    小さな成功体験を積み重ねる

  2. 嫌いだけれど得意
    アプローチ: 戦略的活用
    苦手意識はないものの、モチベーションが低い領域です。
    必要に応じて活用し、キャリアや生活の中で戦略的に位置づける
    新しい視点や方法を取り入れ、興味を見出す努力をする
    得意分野を活かしつつ、関連する好きな分野との融合を探る

  3. 嫌いでなおかつ苦手
    アプローチ: 手放すか最小限の対応
    エネルギーと時間の投資効率が最も低い領域です。
    可能であれば完全に手放す
    避けられない場合は、最小限の対応で済ませる
    代替手段や他者との協力を積極的に検討する

  4. 好きでなおかつ得意
    アプローチ: 最大限の活用と発展
    最も力を発揮できる領域であり、キャリアや人生の中心に据えるべきです。
    さらなる専門性の向上を目指す
    この領域での独自性や創造性を追求する
    他の領域との相乗効果を探る

解題・前提

苦手とそれを克服すべきかどうかというの判断について、好き嫌いで整理しようと試みた。
まずは弁証法的なアプローチだ。ヘーゲルである。
苦手の克服というテーゼと性格の受容というアンチテーゼをアウフヘーベン止揚し、個人の状況に合わせて柔軟に対応するというジンテーゼにするのである。

まずは、苦手ってそもそもなんだというのは、

人は女に生まれるのではない、女になるのだ。

ボーヴォワール

苦手や得意という概念について再解釈が求められるところであろう
たしかにそれは固定的ではなく社会によって構築されたものであろう。オリンピック選手とスポーツで争って苦手・得意を決めるものではないだろう。
たまさか私はそんなことはしないので、ここは、一旦社会的視点はおいておくことを前提としよう

その夫(と呼ぶのは社会的概念であるが)サルトルは実存は存在に先立つといった。人間の本質も固定されているものではなく自由な選択が可能であるが、好き嫌いを論じるときには不適当なので、ここはむしろ構造主義的なアプローチを用いようと思うが、苦手・得意についても克服・受容についてもジャック・デリダが言う通り、脱構築するとそれは絶対的なものではないというジレンマから抜け出せない。なので、苦手を克服すべきかどうかは社会的要請であるというのが前提である。個人の意義の表層を捉えたものとして、ここは構造も一旦カッコを付けて括ることにする。

ハイデガーについての真正性(authenticity)というのも表層であっても一旦構わないので、これも前提、今時点の思いつきの・・・ということである

マズローの自己実現理論によれば、苦手の克服も自己実現の一部であると捉えることができるだろう、この前提で考えることとする。

やりたいこと

 よく自分の欲求の深堀りに使われるツールに、やりたいこと100というのがある。それを上記のように分類しようと思う

その分類ができたところで、この記事は完成となる。

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