ネット上の恋は所詮脳が創り出したまやかし


高校生の頃、友人たちの間ではツイッターが流行っていた。でも私はアカウントを持っていなかった。
朝学校に行くと、私が知らない話題で盛り上がる友人たち。それはツイッター上で交わし、前日の夜に共有していた話題だった。
さて、多感な年頃の私はそれが仲間外れにされているようでいい心地はしなかった。知らない話題、だけど、それ何?って声をかけたらせっかくの盛り上がりに水を差してしまいそうで怖かった。だから、そういう場面に出くわした時は笑ってやり過ごすか、明後日の方向を向いてシカトした。

なぜ私がツイッターを始めなかったかというと、1人の友達にこう言われたからだ。
「まいちゃんだけはツイッター始めないでね」
その子は話し上手で、多くの友人がいる子だった。でも、SNSを始めたら受験勉強をしなくなるのが目に見えているという理由で、ツイッターもやっていなかった。そんな彼女は多分、珍しくツイッターをしていない私を見つけて仲間を捕まえた気になったのだろう、そんな言葉をかけてきたのだ。
「…わかった」
と返事をしてしまったよね。

それでもやっぱり興味を抑えることができなかった私は、ブラウザからツイッターを開き、見るだけ、いわゆるROM専の行為をしていた。流行りの動画やバズった呟き。お洒落な写真に下世話な会話。様々な情報か洪水のように流れてくるそれは、私の脳を刺激しまくった。検索機能も普通に使えるので、自分から単語を入れて調べることもするようになった。
ある時、ある1人の友人の名前を入れてみると、簡単に引っかかった。そしてそれが友人本人であると知った時、ああ、やっと私の知らない世界に繋がったんだと思って、感動したのを覚えてる。指一本でスクロールすればどんどん見えてくる。日付と時刻、確認しながら、ああ、あの話題だ、あのことがあった日の呟きだ、と現実とネット空間に並ぶ文字がリンクしていく。過去の謎が解ける感覚、友人の心を覗き見ているちょっとの罪悪感、と抑えきれない高揚感。

ついに私はツイッターのアプリをインストールしていた。誰とも繋がらなければ大丈夫、そう思って作ったアカウント。知り合いは誰もみていないからなんでも呟ける。
気づけば私は日ごろ考えたこと、発散したいことを思いつくままにツイートするようになっていた。
こんな私にもフォロワーは増え、私の投稿にいいねもつくようになった。そしてリプやDMをしてくれる人まで現れた。一つ一つのメッセージはとても刺激的で、もう一つ別の世界と接続したような心地がした。


そんなある日、1人の男性が私のツイートを引用リツイートしてくれた。気になって彼のアカウントを見てみると、名をTさんと言って政治的なツイートを日々しているようだった。といっても彼の文字からは、人間らしくてあったかくて熱い思いがあふれているように感じられた。気づけば私は彼をフォローし、彼のツイートを逐一チェックしいいねをするようになった。そしてついにリプを送ってみた時、彼は私のツイートを賞賛してくれた。
「高校生でもこんなに立派に考えている子がいる」
その言葉は私の胸を熱くした、私は嬉しくて有頂天になった。それから私と彼は相互になり、リプを送ったり、いいねをつけたりしあうようになった。

学校では相変わらずツイッターと無関係な顔をしたおとなしめの高校生をやっていた。頭の良い子ばかりだったので、私はちょっと自信をなくし気味だった。その反動もあってか、ツイッターで私を認めてくれるTさんの存在が大きくなっていった。

彼に会いたいと思い始めていた。Tさんは自撮り写真もあげてるし、東京でやっているイベントの詳細なんかもあげていて親しみやすかった。私も会いに行こうと思えば会いに行けたけど、ネット上での付き合いだし、そこまでするのはおこがましいと思えてそんな行動は起こせなかった。それに、何しろこちらは身バレNGのアカウント。顔も出せなきゃ素性も晒せない。だから、賢く見えそうなツイートで勝負するしかない。

学校でもTさんを思い出すことが多くなった。いかにしたらTさんに褒めてもらえるかばかり考えていた。そんな時期も落ち着いてきた頃に、受験を迎え、私は合格を勝ち取った。


私はTさんに褒めてもらいたかった。こんなにステキなところに合格したって教えたかった。すごいって言って欲しかった。あわよくば、私のことを探して欲しかった。会いにきて欲しかった。私は自分の合格先を、つぶやいて、しまった。

そうしたら、これから同じ大学に入学する同級生たちが私をフォローし始めるじゃないか…。
そうだ、あの憎き検索機能を使って調べられたのだ。単語一つで引っかかる、便利な機能で。現実とは繋がるつもりのなかったアカウントは、これから現実へと繋がるアカウントたち、つまり未来の友人たちに覗かれる形となってしまった。


さて、肝心のTさんはというと、合格を祝ってくれたものの、その後は特に何もなかった。何度かリプのやりとりをするだけで、東京で会おうとか、そういう話はお互いに持ち出さなかった。大学に入学して以降、私も現実の刺激の方が大きくなっていって、徐々にTさんのことを思い出さなくなった。

私は肝を据えてあのアカウントをリア垢にしてみたけれど、やはり拭いきれない恥ずかしさにツイッターを開きたくも無くなってしまった。友人と実際に顔を合わせても、なんとなく私のアカウントの話題は避けているようにも思えるし、私を異質なものを見るような目で見ているような気がしてしまった。もちろんそれらは全部私の思い込みかもしれない。でもいずれにしろ、私は自分で自分に足かせをはめてしまったのだ。
大学デビューをキメる前に黒歴史を晒す人間も、私ぐらいしかいないだろう。実際に1人の友人にドン引きされたのも知ってる。いくらSNSが手軽になったと言っても、プライベートや心のうちを無闇に書き込むものではない。書いている時のカタルシスのしっぺ返しが、後から全部自分に返ってくるのだから。まあ、もし書き込みたいんだったら絶対にリアルにバレないようにするべきだな。オフィシャルな自分を守らなきゃ、プライベートな自分も成り立たないのだ。

Tさんのことは今ではなんとも思っていない。結局彼は、ネット上の人間だった。あの頃の小さな恋心は、絶対出会えないという結末によって浄化された。狭い東京とは言えど私の知らない世界で生きるTさんは、私の世界もまた知り得ない。
あの頃の純朴な私は今、輝かしいエキサイティングな世界と同時に、吐き気がするような理不尽で意地汚い世界も見てきてしまった。傷つき、嗚咽しながらもなんとか今まで生き抜いてこれた私は、あの頃の私より、少しでも成長できているのだろうか。



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