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創作:顔面均等法


 この法律が規定されたのは、現代のちょうど今頃のこと。ただし、パラレルワールドに存在するもう一つの日本での出来事。


 不況がピークに達し、税金は上がる一方の中、国民たちは働き詰めの毎日を課せられていた。
当時の彼らの娯楽といえば、自生活を写真におさめてSNSに投稿するという行為であった。人目を惹く投稿をすると、それを見た人の反応が増えて嬉しいので、彼らは実際の写真に加工アプリで手を加えて、ちょっと良く見せるように務めるようになった。特に自分の顔が写っている場合には熱心で、目を見開かせたり頬を削ったり腹を凹ませたりしていた。


 この時に手本とするのは、当時一世を風靡していたアイドルの顔だった。アイドルは本来偶像的な意味合いで生まれたが、この時代になると人数も莫大に増え、経済の頂点に君臨し、ますます権力と結びつき始めた。なぜそのようなことが可能になったかというと、政府が人を階級づけることの基準に、顔面偏差値を取り入れるようになったからだ。すなわち、顔がいいほど、稼げる世の中だったのだ。

 アイドルのプロデューサーは、目が大きくて顔が小さく、痩せている人ばかりを集めたので、当時のアイドルはほとんど同じような顔とスタイルをしていた。そして、それがいわゆる"顔がいい"ことの基準だった。
その結果、SNSにあがった写真に写る人間は、同じ体型をした同じ顔の人間で溢れ、一体誰が誰なのやら区別がつかなくなってしまった。

 一方SNS上とは全く別の顔をした現実の方の国民は、自分たちの顔に悩み始めた。


(もうちょっと目が大きければ、もうちょっとえらが小さければ、もうちょっと鼻が高ければ、もうちょっと脂肪が少なければ、理想の顔になれるのに)


 国民たちの不満は日に日に募り、その不満の標的はアイドル勢力の中でも最も上位の女性アイドルグループ「おののこまち」に向けられた。
彼女たちは顔が良いというだけで蝶よ花よと褒められてがっぽりお金をもらっているのに、私たち一般庶民は顔が悪いので血が滲むほど働いても何の恩恵も受けられやしない。
 たくさんの叩きや誹謗中傷に耐えかねて、「おののこまち」はついに、こんな文章を公表した。

 

『皆さんの怒りの根源は、わたしたちの顔がいいことに対してではなく、皆さんの給料が少ないことに対してです。わたしたちは、おかげさまでお仕事をさせていただいていますが、それは、ちゃんと評価される基盤があったからです。ですが、みなさんには、その基盤がありません。努力が報われない社会制度を生み出しているのは、我々ではなく、国です。みなさんが怒るべき対象は、国なのではないでしょうか』


 国民たちはこの文章を読んで目を覚ました。その通りだと大いに納得、怒りの矛先を政府に向けた。
そこで誕生したのが、政府への抗議団体、「おいわさん」だった。普段デモなんかに雀の涙ほども関心がない若者たちも、この抗議には関心を向けた。自分たちの将来に直結しているからである。SNSを通じて抗議団体は周知の存在となり、賛同の声が数多寄せられ、ついに巨大勢力となった「おいわさん」は、ある日何千人という人間の塊となって、国会議事堂へ突撃した。
アイドルたちの陰であぐらをかき続けるつもりでいた国会議員たちは、この巨大なデモ隊に度肝を抜かれた。
怒りに血管を浮き立たせた国民がこんなに大勢。まるでフランス革命を思わせる。流石にこの勢力を雲隠れで抑え込むことはできない。
そこで、慌てて緊急集会を開き、デモ隊の対策を考えることにした。

「おいわさん」の主張は、顔面偏差値で国民が線引きされるということへの不満だった。
(給料を上げろと言っている。彼らの生活が脅かされている。だからと言って我々の肥えた私腹を減らすわけにはいかない。このまま、彼らの抗議の声を沈めるにはどうすれば良いか。この抗議のきっかけは、庶民たちがアイドルと自分たちの給料の差に気づいたことである。それならば、全ての国民の顔を同じにし、顔による貧富の差を無くしてしまえば良いのではないか)
そう考えた政府は、とある法律を規定した。


『顔面均等法』
【全て国民は十八歳を過ぎたら、規定の基準を満たす顔でなければならない。規定の基準とはすなわち、二重瞼、一定以上の高さをもつ鼻、八頭身以上を満たす大きさの顔である。
元来の顔がそうでなければ、二重埋没法と、鼻を高くする隆鼻術、エラを削るボトックス注射を義務として受けねばならない。なぜなら、顔の良し悪しで人生の豊かさが決まるのは、平和国家である我が国にとってあるまじき自体だからである】


この法律が制定されると、国民たちは歓喜の涙を流し、喜び勇んで整形外科に通い始めるのだった。政府からの支給金を手に握って。



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