3.夢をみる老人ルース



それからウッドは、何日も空を飛びました。
夜になるとからだを休めるため降り立ち、そこで皆身を寄せ合って眠りました。

街を見つけると、トウヤとアンジュとで食べ物や飲み物を手に入れました。

彼らはどこに行けばいいかあてはありませんでした。

けれどなにかの力に導かれるように、彼らの旅は迷いなく進むのでした。

それから10日ほど旅をし、一行は山のてっぺんに古びた小さな城を見つけました。

周りには建物も木々もなく、静まり返っていました。

「今日はあそこで休めるかもしれない。」

アンジュが言い、降りてみることにしました。
城の中は灯りがともっていて、どうやら誰かいるようでした。

入り口の扉の前にウッドが降りると、アンジュとトウヤは飛び降りました。

アンジュが迷わず扉をノックしました。

しかし扉は開きません。

「誰もいないのかな、部屋の灯りはついてるようだけど。」

トウヤが不思議そうにつぶやきました。

「そうね。」

アンジュがそう言いながらそっと扉をひくと、なんと扉がゆっくりと開きました。

「開いた。」

アンジュがぼそりと言いました。

「まずいよ、もし中に人がいたら。」

慌ててトウヤが言いました。

「すみません、どなたかいませんか?」

扉の隙間からアンジュが声をかけました。

しばらくなにも音がしませんでした。

アンジュがさらに扉を開けようとした時、足音が聞こえてきました。

「だれかいるみたいね。」

やがて暗がりから、足音の主が現れました。

ランプを片手に現れたその主は、大きな丸い眼鏡をかけた灰色のうさぎでした。

うさぎはランプでアンジュ、トウヤ、ウッドと順番に照らしながらじっと彼らを見つめました。

「あの、勝手に扉を開けてごめんなさい。
ぼくたち、旅をしてるのだけど、今晩泊まれるところを探してて。」

沈黙に耐えきれずあわててトウヤが言いました。

トウヤに向けてもう一度ランプを近づけたうさぎが言いました。

「泊まれるところ?ここは人を泊めるようなところではないよ。悪いけど、他を当たってもらえるかな。」

「そこをなんとか、なんでも手伝いますから。」

扉を閉めようとしているうさぎを止め、アンジュが言いました。

うさぎがランプをアンジュの顔の前に持っていき、まじまじとアンジュを見つめました。

それからにやっと笑うと

「なんでもと言いましたね、いいでしょう。
あなたがたをお招きしますよ。」

そう言って扉を開け、トウヤたちを出迎えたのでした。

不思議なことにトウヤたちが入ると同時に、建物内の灯りがいっせいに灯りました。

エントランスの中央に螺旋階段があり、壁には様々な絵がかざられていました。絵は壁中を覆うほどあり、階段を上がる途中見ると一つ一つに小さくタイトルのような文字が描かれていました。

螺旋階段を上がるとひとつ部屋があり、一行はその部屋に通されました。

その部屋には机が2つありました。

ひとつには絵の具やペンなどが大量に並んでおり、描き途中の絵が置かれていました。

もうひとつの机には山積みになった本があり、その本の山で初めは気づきませんでしたが奥に誰かいるようでした。

その誰かがうさぎに声をかけたので気が付きました。

「カミル、どこへ行っておったのだ。やることが山積みだというのに。」

それはしわがれた声でした。

「申し訳ありません、ルース様。客が来ていましたので、その対応をしておりました。」

「客?そんなもの相手にしている暇などないぞ。」

「おっしゃる通りです、ルース様。しかしこの者たちがなんでも手伝うと申すものですから。」

そうカミルが言った途端、ルースと呼ばれたものが本をかきわけ、顔をのぞかせました。

ルースは、小さな老人でした。長くて白い髭をもち、青く澄んだ目でじっとトウヤたちを見つめました。

「ほぉ、なるほど。なんでもか、それはいい。」

そう言うとルースは立ち上がり、トウヤたちの元へと歩いてきました。

「はじめまして、ぼくはトウヤ。こっちはアンジュで、こっちの竜はウッドです。」

トウヤがしどろもどろになりながら、紹介をするとルースは楽しそうにうなずき

「そうか、そうか。
よく来てくれた。では、こちらに来てわしたちの手伝いをしておくれ。」

「ここではなにをしているの?」

ウッドが尋ねると

「ここへ来るまでに気が付かなかったかね?」

ルースが楽しそうに言いました。

ウッドが不安そうにアンジュとトウヤの方を見ると、

「カミル、説明してさしあげなさい。」

そうルースが言いました。

「かしこまりました。では。」

そう言ってカミルが話し始めました。

「わたくしたちはここで、夢を集めて記録しているのです。ルースさまは文字に起こし、わたくしは絵にしているのです。その絵がこの城中に飾られております。」

「夢を?」

「そうでございます。」

「記録している夢って、誰の夢なの?」

「そうですね、はじめはルース様とわたくしのものを記録しておりましたが、ついに尽きてしまいどこかに夢はないかと探し続けておりました。そしてある時から夢をまだもつものに、譲ってもらえないかと交渉をすることにしたのです。そして、その夢をいただき、こうしてコレクションに加えさせていただいているのです。」

夢を記録、コレクション、、。

初めて聞く話にトウヤは戸惑っていました。

そして思いました。

夢って、記録するものなの?
夢って、誰かに譲っていいものなの?

と。

それと同時に恐ろしいことがよぎりました。

「てことは、僕たちがやることって。」

「はい、お察しがよくて助かります。
ここにある夢を記録していくお手伝いをしていただきたいのです。そして、もしあなた方が夢をお持ちなら、譲っていただけますと嬉しいです。
もちろん、タダでとは言いません。ここの城で好きに過ごしていただいて構いませんし、必要なものがあればなんでもお申し付けくだされば、このカミルが用意します。何不自由ない暮らしが保障されますよ。」

カミルはそう言い終えると、笑いかけました。

カミルの話を聞いたあとではその笑みは少し不気味に見えました。

トウヤは戸惑い、アンジュの顔を見ました。
アンジュもトウヤに視線を向けていたようで、目が合いました。アンジュも不安そうでした。

ウッドは落ち着かないようで、

「てことは、僕の夢も取られちゃうってこと?それは嫌だよ。」

と言いました。

「なぜ、夢を渡すのが嫌なんだ?」

ルースが言いました。

「夢なんて、もってたってしょうがないじゃないか。どうせ叶わない、あの伝説の本、あの本の力があれば叶うのに、自分には無理、そう言って夢見てるだけのものがどれだけいることか。
どうせ叶えずもっているだけなんだったら、取引していいものと交換した方がよっぽどいいじゃないか。
それに、夢たちもこうして表に形として出ることができてさぞ嬉しかろう。」

ルースの勢いある言葉にウッドは戸惑っているようでした。

「ごめんなさい、悪いけど夢は譲れないよ。」

代わってトウヤが言いました。

「なぜだね?」

「僕の夢は旅行記に書かれてあるものをこの目で見るために、世界中を旅することなんだ。そのためにアンジュと、ウッドと、街を出てきた。僕は夢を見るだけで終わらせたくないし、まだ叶える途中なんだ。それなのに手放せない。」

自分でも、言いながら驚くような言葉が飛び出していましたが、トウヤに迷いはありませんでした。

しかし、それを聞くルースは嬉しそうで

「そうか、世界中を旅する。なんて大きな夢なんだ。さぞかし記録できたら素晴らしい作品になるだろうに。」

「ええ、ルース様。おっしゃる通りですね。」

カミルも嬉しそうでした。

どうやら彼らは、一度狙ったものはなんでも手に入ると思っているようでした。

「本当に今手放さなくていいのかね。その夢の大きさだと、広い屋敷や財宝や、毎日の贅沢な料理も出せるだろうし、他にも欲しいものがあればなんでも用意するがね。」

一瞬、そんな屋敷や財宝があれば仕事をしなくてすむのではないか、

毎日働き詰めの両親が家にいられる時間が増えるのではないか、

という思いがトウヤによぎりました。

その生活も悪くないとも思い、そう思った自分に嫌気がさしました。

トウヤは考えるのをやめるように、大きく首を横に振りました。

「ルース様。どうやら今回は新しい夢は無理みたいですね。」

カミルがつまらなそうに言いました。

ルースも先程の楽しそうな表情は消えていて、

「そうだな。では我々は記録に戻るとしよう。夢を譲らないのであれば、今すぐ出ていってもらおう。わしたちは今ある夢を形にするので忙しいのだ。だが、もし譲る気になったらいつでも来たらいい。私は大歓迎だよ。」

そう言うとまた椅子に座り、目の前の本を開いて記録を取り始めました。

カミルも隣に座り、絵を描き始めました。

そうしてふたりは二度と顔を上げませんでした。

「いきましょう。」

アンジュの声にトウヤは我に返り、そっとその部屋を後にしました。

城を出るまで心臓がばくばく音を立てていました。

城から出て、ウッドの背に乗り空に飛び立つと、アンジュが大きく深呼吸をした後笑い出しました。

「どうしたの?」

トウヤが尋ねると

「だって、変な人たちだったじゃない?あのままあそこにいたら私たち、旅をやめてしまっていたね。」

そしてまた笑いました。

「ぼくは怖かったよ。あのまま逃げられないかと思った。」

ウッドが言いました。

「そうだね。ぼくもどうなることかと思ったよ。」

「でもトウヤ、かっこよかったよ。」

落ち着きを取り戻したアンジュが言いました。

「え、」

突然の言葉にトウヤは戸惑いました。

そのトウヤを見て、またクスクスとアンジュが笑いました。

「夢を手放したくないと、はっきり伝えてた。あんなふうに堂々と自分の夢を言えて、しかも譲れないって言いきれて、とってもかっこよかった。」

「ありがとう。」

それ以上何を言えばいいかわからず、トウヤは一言言うとアンジュから目をそらしました。

「これで、わたしたちみんな夢を叶えるしかなくなったね。」

楽しそうにアンジュが言いました。

「もとからそのつもりだよ。」

トウヤが言うと、

「たしかにそうだったね。」

アンジュは楽しそうに言いました。

それから一行は夜空を飛び、その日は山のふもとでいつものように身を寄せ合って眠ったのでした。







✳︎ひとこと✳︎

最後まで読んでくださりありがとうございました💐

ルースの話は気づきがたくさん得られる物語になったんじゃないかと思っています。


諦めてしまった夢、叶えていない夢をお金や好きなものに変えられるとなった時

喜んで渡す人はどれだけいるでしょうか?


私は叶えてもいないのに、いざそうなると手放すのが惜しくなるなと思います。

そして手放したくないと思うってことは、私にとって大切なものなんだと自覚します。

なのに叶えることを後回しにしたり、自分にはできないと諦めてしまっています。

自分のなかの矛盾、もしかしたら同じような気持ちの人がいるかもしれないという思いで

この物語はうまれました。


もし叶えるのを諦めてしまっている夢がある人が読んでくれていたら、

今一度考えるきっかけになったら嬉しいです。

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