ディストピア1_

完璧な都市

 ここは「完璧な」という形容が最もふさわしい都市だ。熱っぽい声で誰かが言った。きっとそれがはじまりだった。



 小説は縦書きが好きなので、画像で載せています。
 画像をクリック(タップ)して拡大表示したうえで右に進むと読みやすいと思います。
 横書きで打ち込んだ文章を記事の下部に用意してありますので、画像で読みにくい場合はそちらをどうぞ。


ディストピア1'

ディストピア2'

ディストピア3'

ディストピア4'

ディストピア5'

ディストピア6’

ディストピアエンド'


以下、横書き文章。

 ここは「完璧な」という形容が最もふさわしい都市だ。熱っぽい声で誰かが言った。きっとそれがはじまりだった。

 不快要素がすべて排除された、快適な生活を保障する都市。
 都市にあるすべての建物で温度湿度の管理が徹底され、夏も冬も服の区別はなくなった。
 コンピュータ制御によって清潔に保たれた道に街路樹の木漏れ日が模様をつくる。
 公園や各家庭の庭には色とりどりの花が咲き誇り、蝶が舞う。そこに害虫の姿はない。
 夜には人々の生活も星の輝きも邪魔しないちょうどよい明るさの光がその都市を包み、人々は澄んだ夜空を見上げた。


 その男もこの都市にすむ人間の一人だった。
 彼は毎日同じ時間、同じ場所に出かける。
 この都市のほとんどの人々の外出は労働のためではない。
 仕事は家で済ますことができるし、そもそもほとんどの仕事はコンピュータが完璧に務めあげるから。
 しかし、彼は違った。コンピュータにはできない仕事を持っていた――彼は音楽家だった。そして次世代の子どもにその技術を伝え残すのが彼の任だった。
 彼はいつも教え子たちに言っていた。

「生まれ育ったこの都市で芸術の発展に役立てる自分を誇りに思うよ」

 その日、彼は仕事を終えて音楽教室のエントランスを出た。白い階段を下りながら、日が長くなったな、と目を細めて呟いた。

 ふと、視界の端で黒いモノが動いた。
 黒光りするからだに、独特のカサコソとした動き――
 彼は反射的に飛びのいた。それはどうしても生理的に受けつけない虫だったから。

 パチュン。
 彼の向かいの街路樹に紛れていたカメラの下からレーザーが発射された。
「害虫の処理を完了しました。不快要素の除去は完璧です」
機械音が静かに鳴った。

 彼は一瞬にして消えた黒い生物の名残を眺めた。薄く焦げ跡がついている。
 久しぶりに見たな。それにしても外で良かった、部屋だったら殺虫剤の始末とか一苦労だったろうな……

 殺虫……剤? 待てよ、久しぶりにって何だ。

 殺虫剤なんてどこで使うことがあったのか。
 この都市のどこで。
 この完璧な都市であんなモノ何度も見てたわけがない。

――それならどこで?

(駄目だ、思い出したら――)
 本能が警鐘を鳴らし、思わず彼は走り出した。
 逃げなければ。


 パシュン。
「バグの処理を完了しました。不快要素の除去は完璧です」
 機械音が静かに鳴った。

「これだから第一世代は困るんだ。どうしてこうも夏になると不具合が増えるかな」
 清掃コンピュータが言った。電脳世界で。
「芸術の発展のため、あと数十年の我慢ですよ。虫(バグ)は夏に増えるものですからね、お互い気をつけましょう」
 中間管理コンピュータが言った。
 なあ、と言いかけて清掃コンピュータは言葉を紡ぐのをやめた。
「困る」と言ったり、言葉を掛けて軽口を言うことができるのなら、コンピュータにも芸術はできるのではないか。第一世代に頼らずとも——
 その問いは無意味だと分かっていた。返ってくるのは、上が決めたプログラムにありませんから。という答えのはずだ。

「それにしても、外で良かったですね。室内は後始末が大変だったでしょう」
「いや、面倒なのはどちらでも変わらないさ」

 清掃コンピュータは焦げ跡の掃除に戻った。

だいいちせだい【第一世代】
 都市外からやってきた住人のこと。
 外の世界での記憶を消し、都市で生まれ育った記憶を埋め込む代わりに市民権を得た人々。
 記憶を取り戻すと市民権は剥奪される。
(市民権の剥奪の説明はされているが、それすらも記憶から消される)

[備考]
 あと数十年もすれば、第二、第三世代以降の住人の実になり、完全に完璧な都市ができあがるだろう。


 間違って右ではなく左にスクロールした人がネタバレを踏まないようにENDってだけ書いた画像つけたのですけど、なんだかかっこつけみたいに見えますね。


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