220回 科学の子


博物館が大好きだ。
博物館と名前が付いているものには目がないが、中でも国立科学博物館には特別な思い入れがある。

東京の上野公園。正しくは上野恩賜公園には、沢山の博物館や美術館が立ち並んでいる。常時興味深い展覧会がそこかしこで開催されているので、行ったことがある人も多いだろう。お花見の時期によくTVなどで話題になるところとして、目にしたことがあるかもしれない。
私は生まれも育ちも上野であったため、上野公園を庭のようにして育った。その中でも頻繁に通ったのが、国立科学博物館である。最近は「かはく」という略称で愛されているようだ。

前回書いたように、私の父親である牧野信司は珍しい動物を沢山飼っていたため、亡くなった後には資料として剥製にしていた。
長年実家にあったそれらの剥製を処分するには忍びず、考えた末に科学博物館に寄贈することにした。連絡を取ってみると快く寄贈を受け入れてもらえたので、無事剥製たちを受け渡すことができた。
それからしばらくして、科学博物館から連絡があった。なんでも今度「ダーウィン展」というのを開催するのだが、そこに寄贈した剥製のひとつ、ガラパゴスウミトカゲを展示することになったという内容である。もちろん大歓迎なのだが、なんでうちのをと思ったら、なんと現在日本国内に存在するガラパゴスウミトカゲの剥製は、うちにあったもの1体だけなんだという。ワシントン条約の関係で、あらたに入手することは不可能らしく、たまたま寄贈したものが役に立ったことになる。
ガラパゴスウミトカゲは、ダーウィンの進化論の構想になくてはならない存在である。これがいなくてなんの「ダーウィン展」か、ということで、科学博物館側もこのタイミングで寄贈されたことは天啓だったらしい。
招待券をいただいたので、展覧会が開催された時に上京して観に行った。大盛況の混雑ぶりだったが、うちのガラパゴスウミトカゲの剥製が自慢げな顔で展示されているのを確認できて嬉しかったことを覚えている。台座にはちゃんと寄贈であるという旨のプレートが貼ってあった。

国立科学博物館の起源は、1872年に遡る。国内初の博覧会のため湯島聖堂内に設立された博物館は、1923年に関東大震災の火災で全壊し全ての資料も一度その時に失われた。
そしてあらためて上野公園内に1928年から建築されたものが、1930年に新館(その後本館となり、現在は日本館と呼ばれている)として竣工された。翌年東京都の施設として東京科学博物館となり、その年の11月に一般公開が始まる。1949年に国に移管されたことで、国立科学博物館となった。
この本館の建物は、上から見ると丁度飛行機が両翼を広げた形になっているそうだが、これは知らなかった。関東大震災クラスの地震にも耐えられるような耐震設計になっているとのこと。この本館は国の重要文化財に指定されている。

わたしが子供の頃は、この本館の正面玄関から入場できた。
吹き抜けの中央ホールにそびえ立つアロサウルスの全身骨格(現在はここには展示されていない)は、いつ見ても惚れ惚れするような迫力に満ちていて、いつか古生物学者になって恐竜の骨を発掘するんだと夢想したものだ。
この野望はその後、過酷な発掘の実態を知り体力的にとても無理だとあきらめることになるが、それでも科学博物館に行くたびに飽きずに恐竜コーナーに張り付いていたものだ。恐竜の中でも抜群の人気を誇るトリケラトプスは、世界に2体しか見つかっていない全身骨格の1体がこの科学博物館に存在する。
日本の生き物のコーナーに、忠犬ハチ公の剥製があるのはご存知だろうか。南極観測隊のエピソードで有名なジロの剥製もある(タロは北海道大学植物園)。その他にも4体しかないという絶滅したニホンオオカミや、ニホンカワウソの剥製も見ることができる。
生物関係だけでなく、様々な科学技術の歴史を体現する実物をわかりやすい解説や実演とともに紹介してくれるので、当時でさえ丸1日楽しめたのが、建物と展示が増えた今では到底1日で全部回りきれない。
それにしても1934年以来同じ場所で回り続けているフーコーの振り子、子供の時階段を降りながら眺めた記憶そのままの状態で、半世紀を経た今も存在しているというのは凄い。

10代の頃は科学博物館友の会に入っていたので、年パスを持っていた。
大学浪人の時、家ではどうしても気が散ってしまい集中して勉強ができないため、科学博物館に行ってスタディルーム(というか自習室みたいな部屋)に行って、受験勉強をしていた。お腹が空くと、館内の食堂(レストランというような洒落たものではなかった)で昼食を摂り、また部屋に戻って勉強する。まったくの静寂ではない遠くからの心地よいざわめきと、ちょっとした高揚感が、勉強を捗らせてくれた(と信じたい)。
2006年に本館が日本館となり、地球館という新館が開館した後は、レストランやカフェもできてグレードアップしているらしい。2008年開催のダーウィン展に行ったきりで、新しくなった科学博物館をまだ全部見学しきれていない。

今年こそはぜひじっくり訪れて、隅から隅まで堪能したい。
「科学」というものを一点の曇りなく信じることができた時代を過ぎた今こそ、人類が築いてきた科学の軌跡を今一度辿ることが必要なのだと思っている。


登場した展示物:恐竜
→恐竜ではないが、日本で発掘される有名な古生物といえば、ナウマンゾウ。科学博物館に展示されているナウマンゾウの下顎骨は、なんと東京メトロ明治神宮前駅工事の際に発掘された1頭分の骨格の一部だそうだ。ナウマンゾウは野尻湖だけでなく、日本中にいたのだな。
今回のBGM:「鉄腕アトム」主題歌  高井達雄作曲/上高田少年合唱団歌唱
→作詞はかの谷川俊太郎。日本のロボット技術はアトムに憧れて発達してきたと言っても過言ではないだろう。「科学の子」はロボットからAIに進化しているが、その進化の果てはどのような姿に行き着くのか。


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