第69回 メリーさんの羊


東京出身の私にとって、肉じゃがの肉と言ったら豚肉なのだが、これが西日本になると牛肉が一般的だということを知った時は、かなり驚愕した。
確かにそう言われてみれば、串カツの肉は関東では豚肉なのに対し、関西では串カツと言ったら牛肉だ。牛すじという食べ物も最近になって初めて食べた。東京の下町出身者にとって、牛肉はすき焼きで食べるのが一般的で、通常料理に使用される肉は豚肉の方がポピュラーであった。
以前にもとんかつを話題にしたが、とんかつはもちろん豚肉を使用する。カツといえばとんかつのことを指す東京に対し、大阪でカツといえば牛肉の串カツだろう。そういえばカレーも、ポークカレーの方が馴染み深く家でもよく作るが、ビーフカレーは選ぶことも作ることもほとんどない。
ちなみにヒンドゥー教徒は牛肉を食べないが、インドでも外国人向けのホテルのレストランでは、ビーフカレーが供されることがあった。あまり美味しくない。

ここまで書いておいてなんだが、一番好きな肉の種類は羊である。
ラムはもちろんマトンも大好き。羊肉はよくあの臭みが苦手と言われることが多いが、あれがいいのである。全ての肉に於いてその好悪の基準となるのは、実は肉そのものではなく脂の好みなのだと思う。匂いや味も脂によるところが多いから、牛肉は満遍なく筋組織の中に入り込んだ脂を「霜降り」と称して愛でられる。とんかつ好きでも、ヒレカツよりロースカツの方がとんかつの醍醐味だよねという人が多いのは、その脂を好むからだろう。羊肉ももちろんその独特の風味は脂に依っている。
横浜中華街で唯一といっていい、中国東北地方(昔の満州辺り)の料理の専門店がある。中華街は前にも書いたように広東料理の店が一番多いので、上海料理や北京料理、四川料理の店と比べても、東北料理の店は圧倒的に少ない。一般的な中華料理とは全く異なるメニューなのでお客さんも現地出身の華僑の方が多く、観光客向けではないところが良いのだが、この東北料理では羊肉を使ったものがとても多い。
よく羊肉は温まると言われるが、そのせいもあるのか、とても寒いこの地方ではありとあらゆる羊肉料理が存在する。なので元気になりたい時には、羊三昧宴会を開催することにしている。最初から最後まで羊。水餃子の種も羊。鍋も羊。もちろん串焼きも羊で、ローズマリーなどのスパイスがとても良く合っている。羊三昧を堪能した翌日は、自分が羊くさい。「羊さんの匂いだ〜」と言っているが、要はムートンのコートを纏っているような感じである。

日本で羊肉料理といったら、ジンギスカンくらいしか思い当たらないだろう。北海道民には馴染み深いこのジンギスカン料理、実は信州でも愛されている。長野県の信州新町という地方はサフォーク種の羊の生産でも知られており、国道沿いに並んだジンギスカンの店を”ジンギスカン街道”と呼んでPRに勤めているほどだ。県内のスーパーでも、独自のタレに漬け込んだジンギスカン用の羊肉が普通に売られている。
最近では羊肉の優れている点がアピールされて、以前よりはだいぶポピュラーになった感はあるが、それでも日本料理ではまだまだ一般的とは言えない。一方フランス料理では子羊の肉を用いたラムチョップがあったり、トルコ料理ではケバブがよく知られている。ユダヤ教徒とイスラム教徒では豚肉が禁じられており、ヒンドゥー教徒では牛肉が禁じられているとなると、世界中で食べることを禁じられていない肉は鶏肉と羊肉ということになる。
羊さんには受難であるが、羊肉は愛されているのだ。

羊肉は、高タンパク低カロリー、必須アミノ酸が多い、ビタミンBとEが多いなどなど、良いことだらけ。疲労にも美容にも良いなんて、素晴らしいではないか。
少女にうってつけだと勝手に確信している。


登場した料理:トルコ料理
→親戚のようなレバノン料理もそうだが、ザクロをよく使うのが印象的。ザクロはそのまま実を散らしてあるのも綺麗だが、ソースにもなる。
今回のBGM:「猫 Pack」by 黒猫チェルシー
→「ベリーゲリーギャング」のいかにも悪ガキといった様子はまさにロック!ラムチョップにかぶりついていそうである。憂歌団のカバー「嫌んなった」もこの若さでこの味を出せるとは素晴らしい。


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